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組閣当初にナチス・ドイツから三国同盟提案を受け、平沼騏一郎内閣は翻弄された。陸軍は、アメリカとの関係悪化に配慮しつつも、ソ連を牽制するため三国同盟の締結を強硬に主張した。一方、海軍では、伏見宮博恭王を戴く反英米の艦隊派が優勢であり、岡敬純軍務局第一課長を筆頭に三国同盟を推す意見が強かった。こうした三国同盟派に待ったをかけたのが、米内光政・山本五十六・井上成美の海軍良識派トリオであり、海軍内の下克上を抑えつつ、平沼騏一郎内閣に働きかけて「五相会議」を繰返し、三国同盟阻止に奔走した。特に山本五十六は、新聞などにも登場してズケズケと物を言ったためにテロリストの標的となり、相次ぐ脅迫状に死を決意したほどであったが、屈しなかった。