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1938年ナチス支配下のドイツでカイザー・ヴィルヘルム化学研究所所長のオットー・ハーンが「ウラニウム235の核分裂実験」に成功した。「現代物理学の父」アインシュタイン博士はナチスによる核爆弾開発の危機を悟りフランクリン・ルーズベルト米国大統領に警告したが、米国政府はナチスに対抗すべく自ら核爆弾開発に乗出した。1941年日本軍の真珠湾攻撃で太平洋戦争が勃発すると、ルーズベルト政府は直ちに核爆弾開発のを発動(翌年「マンハッタン計画」と命名)、総指揮官にレズリー・グローヴス少将を任命し50万人・20億ドルという膨大な予算の投入を決定した。原子爆弾の標的は計画当初から日本に決められ、白人国のナチス・ドイツは対象にされなかった。