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武漢三鎮占領で日本軍の兵站・補給線は限界点に達したが、国民政府軍に決定的打撃を与えることはできず、戦線が膠着して日中戦争は泥沼化の様相を呈し始めた。国民世論にも厭戦ムードが蔓延し、政府に停戦を求める機運が高まった。これに対して近衛文麿政府は、「八紘一宇」とか「王道楽土」などと日本の戦争目的を勇ましく謳いあげ、戦意高揚に腐心した。