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国民政府軍の実力者である張学良が、西安で蒋介石を軟禁し共産党との提携を承諾させた(西安事件)。父の張作霖を日本軍に爆殺された張学良は、中国共産党の毛沢東・周恩来が説く「抗日民族統一戦線」に呼応し、蒋介石が主敵と見做す共産党との戦いをサポタージュした。これを見かねて督軍のために西安に現れた蒋介石を、張学良軍が逆襲して山上に追いやり軟禁してしまった。張学良の真意は不明だが、蒋介石に第二次国共合作を迫ったとされる。共産党内部では、掌中にした憎き蒋介石を銃殺すべしとの意見も強かったが、穏健派の周恩来が、助命の見返りに共産党軍への攻撃中止と国共合作を蒋介石に承知させ、丸く治めたとされる。