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陸軍統制派と海軍軍令部が共同で「北守南進政策」策定し広田弘毅内閣は言われるがままに閣議決定した。満州の軍備充実によりソ連の侵攻を食止めつつ(北守)中国を制し南方への進出を図る(南進)という外交戦略であったが、インド・ビルマ・シンガポール・香港(100年間割譲)を領有するイギリス、インドネシア(蘭印)を領有するオランダ、ベトナム・ラオス・カンボジア(仏印)を領有するフランスら列強諸国の権益に割って入ろうという極めて危険な戦略であり、最悪なのは最強国アメリカのフィリピン・太平洋権益をも脅かすことであった。広田弘毅内閣は「平和的進駐」と思込み決裁したに違いないが、軍部主導である以上武力解決路線への転換は想定すべきであった。