80 shibusawaeiichi

しぶさわ えいいち

渋沢 栄一

1840年~1931年

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徳川慶喜の家臣から欧州遊学を経て大蔵省で井上馨の腹心となり、第一国立銀行を拠点に500以上の会社設立に関わり「日本資本主義の父」と称された官僚出身財界人の最高峰

同じ時代の人物

Sunhyou

基礎点

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渋沢栄一は「日本資本主義の父」とも称される財務官僚・実業家でる。藍玉の製造販売も手掛ける武蔵の豪農に生れた渋沢栄一は、少年期から商売に親しみつつ、従兄尾高惇忠の影響で尊攘運動に身を投じ同志と共に高崎城襲撃・横浜焼打ちを企てるが頓挫し逃亡(従兄の渋沢成一郎は上野彰義隊頭取となり箱館戦争まで転戦)、一橋家重臣の平岡円四郎に拾われた。一橋家に仕官した渋沢栄一は忽ち「建白魔」となり領内の農民兵徴募や財政改革を任されて成功を収め、主君の徳川慶喜にも評価された。徳川慶喜の将軍就任に伴い幕府御家人に大出世した渋沢栄一は、パリ万国博覧会に出席する徳川昭武(慶喜実弟)の随員に選ばれる大幸運に恵まれ、維新の動乱期を優雅な外遊生活で過ごした。帰国した渋沢栄一は徳川宗家と慶喜が移された静岡に移住するも仕官は断り、石高拝借金の合本組織運用を提案し静岡商法会所の頭取となって資本主義の実践に着手した。がその矢先、渋沢栄一は大蔵大輔の大隈重信に突然スカウトされ新政府に出仕、改正掛の革新運動を牽引し、岩倉使節団に出た大久保利通に代わり大蔵省のトップに就いた井上馨の腹心となり、銀座煉瓦街建設、富岡製糸場開設、第一国立銀行設立・国立銀行条例制定など洋化政策を主導した。が、岩倉使節団が帰国すると大蔵省は再び大久保利通の掌中に帰し、井上馨は尾去沢銅山汚職事件で引責辞任、渋沢栄一は井上に殉じ実業界へ転じた。第一国立銀行に天下った渋沢栄一は、三井組の吸収工作撃退で実権を掌握して頭取に就き本格的な財界活動に入った。西南戦争後、薩長藩閥と大隈重信=三菱の対立が激化し、井上馨に連なる渋沢栄一は矢面に立たされ窮地に陥ったが、明治十四年政変で薩長藩閥が勝利を収め政府から大隈一派を追放、「三菱海上王国」も共同運輸会社に吸収された。以降の渋沢栄一は第一国立銀行を拠点に順風満帆の活躍を続け財界人で唯一子爵を受爵、自ら60社近い事業を立上げ、東京証券取引所・東京瓦斯・東京海上火災保険・王子製紙・東京急行電鉄・秩父セメント・秩父鉄道・京阪電気鉄道・キリンビール・サッポロビール・東洋紡績・帝国ホテルなど500社以上の設立に関与した。

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渋沢栄一は、農民の出自ながら御三卿一橋家で頭角を現し主君徳川慶喜の将軍就任により幕府御家人に大出世、明治維新後は新進気鋭の大蔵官僚となって洋化政策を牽引し、井上馨に殉じ実業界へ転じると実力で財界の第一人者に上り詰めた。薩長藩閥の庇護を受けつつも己の信念を貫き且つ潰されず大成したのが渋沢栄一の凄いところで、終生兄事した井上馨とは三井による小野組潰しや第一国立銀行吸収工作で対立し、新政府出仕の恩人である大隈重信とは完全な敵対関係となり共同運輸首脳として「三菱海上王国」との死闘を制した。渋沢栄一は、岩崎弥太郎や安田善次郎のような純然たる企業家ではないが、官僚出身ながら実務能力と覇気を兼備え、世襲財閥による開発独裁を嫌い資本の分散(株式会社)を説く高い見識を持った偉材であった。

Shijitsu

1840

武蔵榛沢郡血洗島村の豪農渋沢市郎右衛門の嫡子に渋沢栄一が出生

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1853

[ペリー来航]マシュー・ペリー艦隊が浦賀に来航、フィルモア米大統領の親書交付

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1858

井伊直弼が大老に就任、一橋派の粛清が始まる(安政の大獄)

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1858

幕府が日米修好通商条約に無勅許調印、英仏蘭露とも同様(安政五カ国条約)

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1858

徳川家茂が14代将軍就任、一橋派が将軍継嗣問題に敗北

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1860

桜田門外の変~徳川斉昭の意を受けた水戸浪士らが江戸城桜田門外で大老井伊直弼を暗殺(享年48)

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1861

渋沢栄一が従兄の渋沢成一郎と共に2ヶ月間江戸遊学

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1862

坂下門外の変~水戸浪士が老中安藤信正を襲撃

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1862

和宮降嫁、渋沢栄一が深谷宿の夫役に徴用される

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1862

京都で攘夷派志士による天誅事件が頻発

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1862

高杉晋作・久坂玄瑞・井上馨・伊藤博文ら長州藩士が神奈川外人襲撃を企てるが土佐藩の横槍で中止

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1862

高杉晋作・久坂玄瑞・井上馨・伊藤博文ら長州藩士がイギリス公使館焼き討ち

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1863

長州藩・土佐藩の圧力により将軍徳川家茂が初の上洛、朝廷に5月10日の攘夷決行を約束

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1863

攘夷親征計画(大和行幸)

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1863

渋沢栄一が再び江戸遊学し(4ヶ月間)一橋家臣の平岡円四郎と出会う

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1863

八月十八日の政変~薩摩藩・会津藩が長州藩を追放し久坂玄瑞・木戸孝允・武市半平太らの破約攘夷運動が瓦解

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1863

将軍徳川家茂が二度目の上洛

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1863

尾高塾生の高崎城襲撃・横浜焼打ち計画が頓挫、逃亡した渋沢栄一は一橋家臣の平岡円四郎を頼り江戸から京都へ上る

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1864

参預会議が瓦解し公武合体運動が挫折

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1864

徳川慶喜が将軍後見職を辞して江戸幕府を離れ禁裏御守衛総督となり京都政局を牛耳る

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1864

渋沢栄一が一橋家の命で西郷隆盛と会見し薩摩藩士折田要蔵の洋式兵学塾に内弟子として潜入

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1864

平岡円四郎の推挙により渋沢栄一・渋沢成一郎が一橋家に仕官、徳川慶喜の引見を賜る

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1864

天狗党の乱~武田耕雲斎ら水戸尊攘派の暴発と瓦解

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1864

渋沢栄一が一橋家の人選御用役に任じられ関東で農民兵募集に従事

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1864

池田屋事件

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1864

平岡円四郎が京都で暗殺される

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1864

禁門の変、禁裏御守衛総督徳川慶喜・京都守護職松平容保の指揮のもと薩会連合軍が長州軍を撃退し一会桑政権樹立

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1864

徳川慶喜が長州追討の勅命を得て第一次長州征討を決行

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1864

長州藩恭順により第一次長州征討が停戦・征長軍全権に任じられた西郷隆盛が宥和路線を主導

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1864

渋沢栄一が自ら募った新兵を率いて上京し一橋家の御用談役(御目見え身分の応接係)就任

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1865

渋沢栄一が一橋家に大規模農民兵部隊の徴募を建白し歩兵取立御用係に採用され一橋領内を巡歴、成功により徳川慶喜から褒美を賜る

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1865

渋沢栄一が徳川慶喜に藩財政改革案を建白し勘定組頭に任じられる

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1865

徳川慶喜の策動により将軍徳川家茂が上洛し第二次長州征討を号令

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1865

徳川慶喜が長崎・横浜・函館開港の勅許を獲得

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1866

薩長同盟

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1866

徳川慶喜の策動により将軍徳川家茂が上洛し兵6万を率いて第二次長州征討開始(四境戦争)、薩摩藩は公式に出兵を拒絶

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1866

高杉晋作が大島口奇襲で勝利

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1866

大村益次郎が浜田城制圧

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1866

高杉晋作の活躍で老中小笠原長行が守る小倉城が陥落し長州藩の勝利が決定的となる(高杉は肺結核が悪化し翌年病没)

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1866

将軍徳川家茂が大阪城で急死し徳川慶喜が徳川宗家の家督を相続、自身の長州大討入りを宣言するが小倉城陥落を知り断念

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1866

徳川慶喜が朝廷から征長停止の勅令を獲得し幕府敗北・長州藩勝利で四境戦争終結、勝海舟が安芸厳島に乗込み停戦交渉

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1866

徳川慶喜が15代将軍就任

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1866

徳川慶喜の将軍就任に伴い渋沢栄一が幕府御家人に列すが閑職の陸軍奉行所支配調役に左遷される

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1866

孝明天皇崩御

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1866

安田善次郎が日本橋小舟町に店舗を購入、安田商店に改称し両替専業となり、幕府の古金銀回収取扱方を務める

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1867

京都で島津久光・松平春嶽・山内容堂・伊達宗城の四候会議開催

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1867

将軍徳川慶喜と四候の二条城会談が決裂、薩摩藩が武力討幕の方針を固める

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1867

徳川慶喜が二条城で大政奉還を発表

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1867

大久保利通・西郷隆盛・岩倉具視の謀略により朝廷が薩長などに討幕の密勅を下す

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1867

朝廷が幕府の大政奉還を勅許

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1867

王政復古の大号令

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1867

三職の設置

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1867

小御所会議(最初の三職会議)で薩摩藩の大久保利通・西郷隆盛と朝臣の岩倉具視が徳川慶喜の辞官納地を強行採決

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1867

大阪城に退去した徳川慶喜が辞官納地を拒否、諸外国に徳川政権による外交継続を宣言

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1867

大倉喜八郎が大倉銃砲店開業、官軍御用達となり巨利を得る

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1867

渋沢栄一がパリ万国博覧会に出席する徳川昭武(慶喜実弟)の随員に選ばれ欧州遊歴へ出立

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1867

睦仁親王(明治天皇)即位

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1867

徳川慶喜が各国公使に兵庫開港を宣言、幕府は勢いを盛返すが警戒を強める薩長首脳は討幕へ傾く

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1868

鳥羽伏見の戦いに官軍が圧勝~戊辰戦争始まる

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1868

徳川慶喜が松平容保・松平定敬を伴って大阪城を脱出し軍艦で江戸へ逃げ帰る

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1868

明治天皇が徳川慶喜追討の親征を宣言、薩摩(西郷隆盛)・長州・佐土原・大村の東海道軍と薩長・土佐(板垣退助)など諸藩混成の東山道軍が江戸へ進発、徳川慶喜は小栗忠順ら主戦派を退け恭順派の勝海舟に全権を託す

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1868

徳川慶喜が上野寛永寺に謹慎し主戦派の松平容保・松平定敬・小栗忠順らを江戸から追放し恭順派の勝海舟に全権委任、徳川家達に徳川宗家の家督を譲る

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1868

上野彰義隊結成、渋沢栄一従兄の渋沢成一郎が頭取に就任し尾高惇忠も参加

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1868

渋沢栄一従兄の渋沢成一郎・尾高惇忠が上野彰義隊を離脱し箱根ヶ崎に振武軍を結成

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1868

東海道軍筆頭参謀の西郷隆盛が勝海舟との会談で総攻撃を中止し江戸城無血開城、長州藩の大村益次郎や佐賀藩の江藤新平は薩摩藩の専断に反発

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1868

奥羽越列藩同盟が成立

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1868

西郷隆盛・大村益次郎の官軍が上野彰義隊を殲滅

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1868

飯能市能仁寺に籠る渋沢成一郎・尾高惇忠の振武軍が潰走、渋沢平九郎(尾高の実弟で渋沢栄一の跡目養子)が自決、成一郎は函館戦争へ

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1868

木戸孝允の版籍奉還の献策を長州藩主毛利敬親が承諾

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1868

明治天皇が江戸城に入城~実質的な東京遷都

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1868

太政官設置

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1868

明治政府が徳川宗家16代当主の徳川家達に駿府70万石を与える・徳川慶喜も駿府へ移され駿河宝台院で謹慎

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1868

旧幕府海軍の榎本武揚らが軍艦8隻を奪い江戸を脱出、仙台で旧幕府軍を吸収し箱館五稜郭で蝦夷共和国樹立を宣言するが旗艦の開陽丸が座礁沈没

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1868

明治天皇即位礼、明治に改元

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1868

安田善次郎の安田商店が太政官札引受に参加し相場回復で巨利を得る

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1868

板垣退助の官軍に会津若松城を攻囲され会津藩が降伏、松平容保は江戸へ移され蟄居

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1868

盛岡藩に続き庄内藩が降伏、東北戦争終結

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1868

徳川昭武・渋沢栄一の欧州遊歴一行が新政府の命により渋々帰国

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1868

渋沢栄一が静岡へ移住し徳川慶喜に拝謁するが静岡藩の出仕要請を謝辞

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1869

渋沢栄一が静岡藩に合本組織による石高拝借金の運用を提案し認められ静岡商法会所を設立

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1869

土方歳三が弁天台場の戦いで戦死(享年35)、榎本武揚の五稜郭が降伏し函館戦争・戊辰戦争終結、投降した渋沢成一郎に禁固3年判決

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1869

版籍奉還

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1869

渋沢栄一が大隈重信大蔵大輔のスカウトで大蔵省出仕し改正掛の革新運動を牽引

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1870

大隈重信が参議兼大蔵卿就任

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1870

松方正義が大蔵省入省

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1871

大倉喜八郎が建設業に進出(大成建設の前身)、新橋駅建設工事の一部を請け負う

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1871

郵便制度開始

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1871

新貨条例布告、円が通貨単位となる

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1871

渋沢成一郎が赦免出獄、従弟の渋沢栄一の引きで尾高惇忠と共に政府に出仕し富岡製糸場の現場監督に就く

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1871

陸奥宗光の紀州藩政改革により「陸奥王国」が現出

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1871

廃藩置県

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1871

岩倉使節団派遣、井上馨が留守政府の大蔵大輔に就き大蔵省を掌握

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1872

安田商店が東京都心部の不動産投資を開始

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1872

井上馨・渋沢栄一の主導で銀座煉瓦街の建設が始まる

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1872

陸奥宗光が大蔵省租税頭・地租改正局長就任(井上馨に次ぐ地位)

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1872

渋沢栄一の主導で官営工場富岡製糸場操業開始

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1872

渋沢栄一の主導で三井小野組合銀行(後の第一国立銀行)が設立され国立銀行条例制定

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1872

山城屋事件、絶体絶命の山縣有朋は西郷隆盛に救われ初代陸軍卿に就任し徴兵令準備に奔走

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1873

大蔵省・渋沢栄一の主導により三井組・小野組・島田組の出資で抄紙会社(王子製紙の前身)設立

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1873

岩崎弥太郎が三菱商会を設立

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1873

地租改正法・地租改正条例布告

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1873

大倉喜八郎が欧米旅行から帰国、銀座に大倉組商会設立

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1873

岩倉使節団が帰国

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1873

明治六年政変

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1873

内務省設立、大久保利通が初代内務卿兼参議として独裁政権確立(大久保政府)

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1873

最初の世界恐慌、帝国主義列強による世界分割競争が始まる

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1873

江藤新平司法卿の追及により尾去沢銅山汚職が事件化、井上馨が大蔵大輔を引責辞任し実業界へ転じる

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1873

渋沢栄一が井上馨に殉じて退官し第一国立銀行総監役に就任

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1874

佐賀の乱、井上馨の宿敵江藤新平が極刑に処される

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1874

西郷隆盛の征韓論を退けた大久保利通が台湾出兵を強行、木戸孝允は参議を辞任し下野

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1874

安田善次郎の安田商店が政府公債保有を拡大し公金取扱いの為替方指定を獲得

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1874

横浜の蚕卵紙相場が暴落、渋沢栄一が政府資金による買上げ・焼却処分で終息させる

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1874

三井組・井上馨の謀略により小野組・島田組が倒産、渋沢栄一の第一国立銀行は先手を打って優良担保を確保し連鎖倒産を免れる

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1874

小野組・島田組倒産により金融恐慌発生、井上馨が三井組救済に奔走

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1874

第一国立銀行が三井組の吸収工作をシャンド裁定で撃退、指揮した渋沢栄一が三井八郎右衛門に代わり第一国立銀行頭取就任

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1875

大久保利通政府が岩崎弥太郎の三菱商会を保護育成会社に指定、日本国郵便蒸気船会社を吸収した郵便汽船三菱会社が海運業を独占

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1876

秩禄処分

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1876

国立銀行条例改正、国立銀行の隆盛が始まる

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1876

三井銀行および三井物産設立

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1876

安田善次郎が第三国立銀行を設立し「銀行王」への道を踏出す

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1877

渋沢栄一が三井物産社長の益田孝を伴い上海出張、長崎で大倉喜八郎と出会う

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1877

三井組総帥の三野村利左衛門が井上馨に後事を託し死去

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1877

西南戦争、西郷隆盛が鹿児島城山にて自害(享年51)

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1877

木戸孝允が京都にて死去(享年45)、京都霊山護国神社に葬られる

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1878

大久保利通が紀尾井坂で不平士族に斬殺される(享年49)

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1878

福地源一郎・渋沢栄一ら有力財界人の出願により東京株式取引所設立

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1878

会頭渋沢栄一と大倉喜八郎が発起人となり東京商法会議所(商工会議所)発足

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1878

第一国立銀行の渋沢栄一を会頭に銀行の親睦組織「択善会」発足

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1879

伊藤博文の要請により井上馨が外務卿就任

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1880

西南戦争後の財政再建策を巡り渋沢栄一・井上馨・薩長閥と岩崎弥太郎・大隈重信の陣営が対立

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1880

渋沢栄一らが郵便汽船三菱会社に対抗すべく風帆船会社を設立するが大隈重信・岩崎弥太郎に切崩され経営は難航

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1880

安田善次郎の主導で共済五百名社発足(安田生命保険の前身)

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1880

大隈重信・三菱の切崩しで渋沢栄一ら銀行家の親睦組織「択善会」解散

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1881

福澤諭吉の肝煎りで明治生命保険会社設立

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1881

開拓使官有物払下げ事件

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1881

大隈重信一派が追放され薩長藩閥政府が現出(明治十四年の政変)、首班の伊藤博文は国会開設の詔で民権派と妥協

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1881

松方正義が参議兼大蔵卿に就任し松方財政が始まる

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1881

横浜の生糸業者が外国商館と対立、渋沢栄一が解決に奔走

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1882

薩長藩閥政府が岩崎弥太郎の郵便汽船三菱会社に「第三命令書」を交付し事業妨害

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1882

福澤諭吉・慶應義塾派が立憲改進党を結成し大隈重信を党首に担ぐ

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1882

西郷従道・黒田清隆ら薩摩閥と井上馨が三菱潰しのため共同運輸会社を設立

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1882

安田善次郎が釧路硫黄鉱山経営に乗出す

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1882

松方正義主導で日本銀行開業、安田善次郎・三野村利助が創立事務御用掛を務める

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1882

渋沢栄一主導で大阪紡績(現東洋紡)株式会社設立、紡績業の発展を牽引

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1883

鹿鳴館完成~外務卿井上馨の条約改正交渉

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1884

松方デフレによる不況深刻化

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1884

郵便汽船三菱会社と共同運輸会社の船舶が衝突事故を起し薩長藩閥政府が和解に乗出す

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1885

銀本位制に移行

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1885

岩崎弥太郎が共同運輸会社との死闘の最中に東京六義園にて死去(享年51)、弟の岩崎弥之助が三菱を承継

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1885

西郷従道農商務卿の和解勧告を岩崎弥之助が受入れ共同運輸会社が郵便汽船三菱会社を併合し日本郵船会社が発足

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1885

第一次伊藤博文内閣発足、井上馨が外務大臣就任(大隈重信に途中交代)

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1886

岩崎弥之助が三菱社設立

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1886

井上馨が内閣臨時建築局を設置し官庁集中計画始動(井上失脚により頓挫)

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1886

藤岡市助・大倉喜八郎らが東京電燈(現東京電力)設立、5年後には契約者数1万4千を突破

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1886

企業勃興~起業ブームが始まる

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1887

鹿鳴館外交と条約改正に失敗した井上馨が外務大臣を辞任、伊藤博文首相が兼務ののち大隈重信へ交代

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1887

安田善次郎が安田家の資産管理会社「安田保善社」設立

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1887

井上馨の提唱により大倉喜八郎・渋沢栄一が帝国ホテル設立

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1887

大倉喜八郎・渋沢栄一・浅野総一郎らが札幌麦酒株式会社(現サッポロビール)設立

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1888

榎本武揚に代わって井上馨が農商務大臣就任、外務省を追放された原敬を農商務省参事官に迎える

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1889

大日本帝国憲法発布

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1890

北里柴三郎が破傷風の血清療法を発明

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1892

第二次伊藤博文内閣発足、井上馨が内務大臣就任(野村靖に途中交代)

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1893

政府が官営富岡製糸場を三井へ払下げ

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1893

三菱社が三菱合資会社に改組、岩崎弥之助が岩崎久弥(弥太郎の嫡子)に三菱3代目を禅譲

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1894

不平等条約改正(領事裁判権・片務的最恵国待遇の撤廃)

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1894

朝鮮で甲午農民戦争、日清両軍が朝鮮へ派兵し一触即発

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1894

日清戦争勃発

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1894

井上馨に代わって野村靖が内務大臣就任

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1894

日本郵船が三菱の傘下に入る

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1895

下関条約で日清戦争終結、朝鮮(李朝)が初めて中国から独立しソウルに独立門建立

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1895

三国干渉~露仏独が日本に遼東半島返還を要求

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1896

豊田佐吉が動力織機「豊田式木鉄混製力織機」を発明し繊維業界を席巻(2年後特許取得)

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1896

国立銀行条例による営業が満了し渋沢栄一の第一国立銀行が株式会社第一銀行へ改組

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1897

松方正義首相・岩崎弥之助日銀総裁が貨幣法を制定し金本位制移行を断行

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1897

陸奥宗光死去

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1898

列強による清の植民地争奪競争が激化

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1898

第三次伊藤博文内閣発足、井上馨が大蔵大臣就任

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1899

台湾銀行設立

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1900

台湾製糖会社設立

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1901

官営八幡製鉄所操業

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1901

井上馨に組閣大命が下るが渋沢栄一の入閣拒否で頓挫

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1901

ロシアが日本に韓国中立化構想を提案、日露協商派と対露強硬派が対立

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1902

第一次日英同盟協約締結

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1903

ロシアが満州撤兵不履行、日露協商(満韓交換論)交渉決裂

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1904

日露戦争開戦

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1904

伊藤博文が金子堅太郎を対米工作に派遣

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1904

井上馨の依頼を受け高橋是清が日露戦費調達のため渡欧米

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1905

ポーツマス条約調印

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1905

大倉喜八郎が陸軍長州閥に追随し大陸進出を本格化させ本渓湖煤鉄公司を設立

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1905

三井の越後屋が三越呉服店へ改称しデパートメントストア宣言

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1905

久原房之助が井上馨の援助で赤沢銅山(茨城県)を買収、日立鉱山へ改称し久原鉱業所開業

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1906

井上勝・桂太郎ら長州閥主導で鉄道国有法が成立し幹線鉄道国有化

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1906

南満州鉄道会社(満鉄)設立・後藤新平が初代総裁就任、アメリカの干渉が始まる

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1907

北浜銀行主導で箕面有馬電気軌道(阪急電鉄)設立、岩下清周は浪人の小林一三を実質上の経営者に招聘

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1908

岩崎弥之助死去

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1908

東洋拓殖会社設立

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1909

アメリカが満鉄の中立化を提唱

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1909

三井合名会社設立

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1909

伊藤博文がハルビン駅頭で朝鮮人に射殺される(享年68)

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1909

日本の製糸業輸出が世界一となる

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1910

伊藤博文暗殺を機に軍部・対外硬派が韓国併合を断行、韓国統監府を朝鮮総督府に改組し軍政を敷くが民生向上により義兵運動は沈静化

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1910

鮎川義介が大叔父井上馨の援助により戸畑鋳物株式会社(日立金属の前身)設立

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1910

小平浪平が久原房之助の出資を得て日立鉱山傘下に日立製作所創業

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1911

不平等条約改正で完全平等達成(関税自主権の完全回復)

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1912

孫文ら辛亥革命が南京に中華民国を樹立し北洋軍閥・袁世凱の反旗で清朝滅亡

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1912

明治天皇が崩御し大正天皇が即位

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1912

久原房之助が久原鉱業所(JXホールディングス・JX日鉱日石金属の前身)を設立し社長就任

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1913

小林一三の箕面有馬電気軌道(阪急)が宝塚新温泉内に「宝塚唱歌隊」結成(「宝塚歌劇団」へ改称)

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1914

第一次世界大戦勃発、世界的物資不足のなか日本は特需景気を満喫

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1914

大隈重信政府が日英同盟を名分にドイツに宣戦布告し南洋諸島・山東省青島を占領

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1915

大隈重信首相・加藤高明外相が袁世凱の中華民国に「対華21カ条要求」を宣告

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1915

井上馨死去

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1915

日本が漢冶萍公司の支配権を掌握

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1915

大戦景気により東京株式市場暴騰

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1917

渋沢栄一の主導により財団法人理化学研究所設立

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1917

大倉喜八郎が持株会社大倉組を設立し大倉土木(現大成建設)・大倉商事(1998年自己破産)・大倉鉱業の直系3社をコンツェルン化

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1918

豊田佐吉の豊田自働織布工場が豊田紡織株式会社へ改組(現トヨタ紡織)

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1918

インフレ進行で小作争議が蔓延し「米騒動」で寺内正毅内閣退陣

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1918

シベリア出兵

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1918

渋沢栄一の後援を得て五島慶太が田園都市株式会社(現東京急行電鉄)設立

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1918

第一次世界大戦終結

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1919

パリ講和会議・ベルサイユ条約で第一次世界大戦の講和成立(日本全権は西園寺公望・牧野伸顕)

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1920

安田善次郎の保有株一斉売却で株式相場が暴落、安田は安値買戻しと満鉄株引受で巨利を得る

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1920

国際連盟が発足し日本は英仏伊と共に常任理事国に列す

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1920

鮎川義介が久原財閥を承継し日産コンツェルンを形成

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1920

小平浪平の日立製作所が鮎川義介の日産傘下で再編され株式会社へ改組

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1920

日本が初めて債権国となる

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1920

渋沢栄一が子爵に昇叙

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1921

安田善次郎が大磯の別荘で右翼生年に刺殺される

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1921

神戸三菱・川崎両造船所ストライキ(戦前最大規模の労働争議)

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1921

原敬首相が東京駅で暴漢に刺殺される(享年65)、高橋是清が政友会総裁を継ぐ

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1921

大河内正敏が理化学研究所3代目所長に就任

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1921

高橋是清内閣(政友会)発足

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1921

アメリカの工作により日英同盟が廃棄となる

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1922

陸軍長州閥を築いた山縣有朋が政敵の伊藤博文・大隈重信・板垣退助や子飼の桂太郎・寺内正毅の誰よりも長寿を保ち84歳で死去

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1922

渋沢敬三(渋沢栄一の嫡孫)が木内登喜子(岩崎弥太郎の孫)と結婚

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1923

関東大震災

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1925

豊田佐吉・豊田喜一郎の父子が「無停止杼換式自動織機(G型自動織機)」を発明し特許取得

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1926

大正天皇が崩御し昭和天皇が即位

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1927

片岡直温蔵相の失言により金融恐慌が発生

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1927

高橋是清蔵相が金融恐慌を沈静化、高橋は蔵相を依願退職

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1928

蒋介石の国民革命軍が張作霖(日本の傀儡)の北京政府を打倒し北伐完了

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1928

大倉喜八郎死去

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1928

張作霖爆殺事件(満州某重大事件)、陸軍中堅幕僚の暴走が始まる

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1928

張学良が奉天軍閥を承継、関東軍と対立し「満州問題」が深刻化

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1929

トーキー映画が日本上陸し映画産業が興隆

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1929

軍部や松岡洋右満鉄副総裁の扇動で「満蒙生命線論」が興隆

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1929

世界恐慌始まる、軍需主導で日本経済は1934年に回復

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1929

農産物価格が暴落し農家が大打撃を受ける

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1930

金解禁(金本位制復帰)

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1931

関東軍参謀の石原莞爾・板垣征四郎らが柳条湖事件を起し満州事変勃発

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1931

朝鮮駐留軍の林銑十郎司令官が独断で越境増援、若槻禮次郞内閣が追認

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1931

軍事費の急増が始まる

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1931

新聞各紙の満州事変礼賛報道で好戦ムードが蔓延

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1931

渋沢栄一が死去(享年91)

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Kouyuuroku

徳川慶喜

主君

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徳川昭武

慶喜の弟にして洋行の手掛かり

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平岡円四郎

暗殺された大恩人

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黒川嘉兵衛

平岡後任の上司

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原市之烝

暗殺された良き上司

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勝海舟

二股者

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大久保一翁

慶喜の側近

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尾高惇忠

従兄にして側近

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渋沢成一郎

従兄にして側近

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渋沢元治

大学者になった甥

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新門辰五郎

町方火消の義侠

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木戸孝允

自派のドン

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大隈重信

政府仕官の恩人転じて政敵

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井上馨

終生の親分

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伊藤博文

井上の盟友

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山縣有朋

井上の悪友

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原敬

井上の義娘婿

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陸奥宗光

役人仲間

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前島密

役人仲間

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松方正義

役人仲間

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大久保利通

対立した上司

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西郷隆盛

井上の政敵

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黒田清隆

薩摩閥の重鎮

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板垣退助

井上の政敵

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江藤新平

井上の宿敵

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副島種臣

井上の政敵

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三条実美

お公家さん

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高橋是清

財界の偉材

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福澤諭吉

文明開化の先達

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古河市兵衛

小野組倒産後古河財閥を築いた盟友

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大倉喜八郎

大倉財閥を築いた盟友

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浅野総一郎

浅野財閥を築いた盟友

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三井八郎右衛門

三井の主人

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三野村利左衛門

三井の総帥にして好敵手

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三野村利助

聡明な利左衛門の後継者

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中上川彦次郎

三井幹部

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益田孝

三井幹部

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團琢磨

三井幹部

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鮎川義介

井上の親戚

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久原房之助

井上の親戚

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小平浪平

鮎川・久原の部下

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石坂泰三

井上派財界人

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藤田伝三郎

井上派財界人

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小野善助

三井に潰された財界仲間

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島田八郎左衛門

三井に潰された財界仲間

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岩崎弥太郎

憤死したライバル

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岩崎弥之助

三菱2代目

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岩崎久弥

三菱3代目

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岩崎小弥太

三菱4代目

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安田善次郎

財界仲間

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川崎八右衛門

財界仲間

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福地源一郎

財界の同志

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小林一三

阪急の奇才

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服部金太郎

財界仲間

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豊田佐吉

自動織機発明家

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豊田喜一郎

佐吉の息子

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早川徳次

シャープの奇才

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シャンド

救いの神

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アレクサンダー・フォン・シーボルト

知恵袋

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ハインリッヒ・フォン・シーボルト

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