68 saigotsugumichi

さいごう つぐみち

西郷 従道

1843年~1902年

70

西南戦争で兄の西郷隆盛と敵対する政府に留まり内閣制度発足から10年以上も海相に在任、「日本海軍の父」山本権兵衛を盛立てた薩摩海軍閥のドン

同じ時代の人物

Sunhyou

基礎点

70

西郷従道は、兄の西郷隆盛に随って薩摩藩「精忠組」の維新運動に加わり戊辰戦争を転戦、新政府軍では山縣有朋の徴兵制を支持し兄の威光で桐野利秋ら薩摩軍人の反対を抑えたが、薩摩軍人の不満が昂じると台湾出兵を強行した。西南戦争が起ると兄と袂を別って大久保利通の政府軍に属し、西郷隆盛と共に篠原国幹・村田新八・桐野利秋ら有力軍人が戦死したため従兄弟の大山巌と共に薩摩軍閥の首領へ浮上、内閣制度発足から10年以上も海相の座を占め、元帥海軍大将・侯爵・元老に栄達した。西郷従道は黒田清隆と共に大隈重信・岩崎弥太郎を弾圧するなど薩長藩閥の守護者であり、個人的業績は乏しいが、「日本海軍の父」山本権兵衛を引立て海軍の陸軍からの分離独立と強力な組織構築を後押しした功績は大きい。

Shijitsu

1843

薩摩藩士西郷吉兵衛隆盛の三男西郷従道が鹿児島城下加治屋町にて出生(西郷隆盛は実兄)

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1850

薩摩藩の西郷隆盛・大久保利通らが若手藩士グループを結成(精忠組に発展)

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1858

薩摩藩主の島津斉彬が急死し率兵上洛計画が頓挫(享年50。毒殺説あり)、養嗣子(島津久光の子)の島津忠義が12代藩主に就任し10代藩主の島津斉興(斉彬・久光の父)が実権を奪回

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1858

月照・西郷隆盛の入水事件

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1858

西郷隆盛が奄美大島に潜居

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1859

島津斉興の死により島津久光が藩主島津忠義の国父として薩摩藩の実権を掌握

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1861

薩摩藩の実権を掌握し率兵上洛を期す島津久光が人事改革を断行し反抗勢力を一掃して小松帯刀・大久保利通らを抜擢

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1862

平野国臣が『尊攘英断録』を薩摩藩に献じ武力討幕を提案、大久保利通は追払うが有馬新七ら精忠組急進派が賛同し上洛した平野は「島津久光の討幕挙兵近し!」と吹聴し尊攘派は狂奔

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1862

島津久光の召還命令により西郷隆盛が鹿児島に帰る

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1862

西郷隆盛が久光上洛の準備と動静視察のため先発

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1862

島津久光が西郷隆盛を遠島に処す

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1862

島津久光が率兵上洛するが寺田屋騒動で有馬新七ら過激藩士を粛清、大山巌・西郷従道は誅殺を免れる

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1862

大山巌・西郷従道ら寺田屋騒動の生存者が帰国謹慎処分に処される

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1862

薩摩藩の島津久光が率兵江戸入りし幕政改革を断行(文久の改革)・謀臣の大久保利通と小松帯刀が暗躍、徳川慶喜を将軍後見職・松平春嶽を政治総裁職にねじ込む

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1862

生麦事件~薩摩藩主島津忠義・久光の行列がイギリス人を殺傷

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1863

薩英戦争、大山巌・西郷従道らも謹慎を解かれて従軍、西郷はスイカ売りに化けた決死隊に志願

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1864

禁門の変

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1864

徳川慶喜が長州追討の勅命を得て第一次長州征討を決行

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1864

長州藩恭順により第一次長州征討が停戦・征長軍全権に任じられた西郷隆盛が宥和路線を主導

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1865

徳川慶喜の策動により将軍徳川家茂が上洛し第二次長州征討を号令

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1866

薩長同盟

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1866

徳川慶喜の策動により将軍徳川家茂が上洛し兵6万を率いて第二次長州征討開始(四境戦争)、薩摩藩は公式に出兵を拒絶

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1866

徳川慶喜が朝廷から征長停止の勅令を獲得し幕府敗北・長州藩勝利で四境戦争終結、勝海舟が安芸厳島に乗込み停戦交渉

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1867

徳川慶喜が各国公使に兵庫開港を宣言、幕府は勢いを盛返すが警戒を強める薩長首脳は討幕へ傾く

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1867

島津久光が薩摩藩兵700を率いて上洛、西郷隆盛が先発し四候会議のお膳立て

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1867

京都で島津久光・松平春嶽・山内容堂・伊達宗城の四候会議開催

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1867

将軍徳川慶喜と四候の二条城会談が決裂、薩摩藩が武力討幕の方針を固める

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1867

徳川慶喜が二条城で大政奉還を発表

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1867

大久保利通・西郷隆盛・岩倉具視の謀略により朝廷が薩長などに討幕の密勅を下す

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1867

朝廷が幕府の大政奉還を勅許

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1867

西郷隆盛と木戸孝允が山口で討幕挙兵を確認、西郷は薩摩へ

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1867

薩摩藩主島津忠義が周防国三田尻で長州藩世子毛利広封と会見し討幕出兵を協約

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1867

薩摩藩主島津忠義が藩兵3千を率いて上洛(軍司令官は西郷隆盛)、大山巌・西郷従道は将校として従軍

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1867

長州藩世子毛利定広が藩兵1千余を率いて上洛(薩摩藩を警戒し出兵に反対した大村益次郎は掛助役に左遷)

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1867

王政復古の大号令

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1867

三職の設置

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1867

小御所会議(最初の三職会議)で薩摩藩の大久保利通・西郷隆盛と朝臣の岩倉具視が徳川慶喜の辞官納地を強行採決

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1867

大阪城に退去した徳川慶喜が辞官納地を拒否、諸外国に徳川政権による外交継続を宣言

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1868

鳥羽伏見の戦いに官軍が圧勝~戊辰戦争始まる、薩軍士官の西郷従道は貫通銃創の重傷を負うが戊辰戦争を転戦

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1868

徳川慶喜が松平容保・松平定敬を伴って大阪城を脱出し軍艦で江戸へ逃げ帰る

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1868

明治天皇が徳川慶喜追討の親征を宣言、薩摩(西郷隆盛)・長州・佐土原・大村の東海道軍と薩長・土佐(板垣退助)など諸藩混成の東山道軍が江戸へ進発、徳川慶喜は小栗忠順ら主戦派を退け恭順派の勝海舟に全権を託す

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1868

徳川慶喜が上野寛永寺に謹慎し主戦派の松平容保・松平定敬・小栗忠順らを江戸から追放し恭順派の勝海舟に全権委任、徳川家達に徳川宗家の家督を譲る

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1868

東海道軍筆頭参謀の西郷隆盛が勝海舟との会談で総攻撃を中止し江戸城無血開城、長州藩の大村益次郎や佐賀藩の江藤新平は薩摩藩の専断に反発

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1868

奥羽越列藩同盟が成立

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1868

西郷隆盛・大村益次郎の官軍が上野彰義隊を殲滅

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1868

木戸孝允の版籍奉還の献策を長州藩主毛利敬親が承諾

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1868

明治天皇が江戸城に入城~実質的な東京遷都

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1868

太政官設置

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1868

旧幕府海軍の榎本武揚らが軍艦8隻を奪い江戸を脱出、仙台で旧幕府軍を吸収し箱館五稜郭で蝦夷共和国樹立を宣言するが旗艦の開陽丸が座礁沈没

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1868

明治天皇即位礼、明治に改元

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1868

板垣退助の官軍に会津若松城を攻囲され会津藩が降伏、松平容保は江戸へ移され蟄居

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1868

盛岡藩に続き庄内藩が降伏、東北戦争終結

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1869

土方歳三が弁天台場の戦いで戦死(享年35)、榎本武揚の五稜郭が降伏し函館戦争・戊辰戦争終結

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1869

版籍奉還

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1869

奇兵隊などの長州藩諸隊の廃止に伴い脱退騒動が起るが木戸孝允は武力鎮圧を断行し130余人を処刑

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1869

兵制論争、大久保利通・薩摩士族が大村益次郎の政府直轄軍構想を廃し薩長土供出の御親兵に決定、大村益次郎は木戸孝允に慰留され兵部大輔に就任(大村は弟子の山田顕義を兵部大丞に就ける)

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1869

大村益次郎が京都三条木屋町の旅館で会食中に急進的な兵制改革に反発する元長州藩士8人に襲われ大阪にて死去(享年46)、郷里の山口市鋳銭司に葬られる

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1869

山縣有朋と西郷従道が軍制視察のため渡欧

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1871

明治政府が大村益次郎の徴兵制を退け(兵制論争)薩長土三藩の兵を徴し御親兵を創設

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1871

廃藩置県

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1872

明治政府が陸軍省・海軍省を創設し御親兵を廃して近衛兵を設置

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1872

山城屋事件、絶体絶命の山縣有朋は西郷隆盛に救われ初代陸軍卿に就任し徴兵令準備に奔走

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1873

山縣有朋が陸軍卿就任

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1873

徴兵令布告

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1873

岩崎弥太郎が三菱商会を設立

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1873

明治六年政変

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1873

内務省設立、大久保利通が初代内務卿兼参議として独裁政権確立(大久保政府)

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1873

最初の世界恐慌、帝国主義列強による世界分割競争が始まる

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1874

佐賀の乱

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1874

西郷隆盛の征韓論を退けた大久保利通が台湾出兵を強行、木戸孝允は参議を辞任し下野、蕃地事務都督として派兵を断行

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1875

黒田清隆開拓使長官の主導により榎本武揚駐露特命全権公使が樺太・千島交換条約を締結

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1875

江華島事件

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1875

勝海舟に代わって榎本武揚が海軍卿となる

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1876

大久保利通政府が黒田清隆全権特使の艦砲外交により李氏朝鮮と日朝修好条規を締結

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1876

廃刀令布告

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1876

秩禄処分

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1876

神風連の乱

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1876

秋月の乱

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1876

萩の乱

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1877

西南戦争、陸軍卿代理の西郷従道は出征せず後方任務にあたる

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1877

木戸孝允が京都にて死去(享年45)、京都霊山護国神社に葬られる

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1878

大久保利通が紀尾井坂で不平士族に斬殺される(享年49)

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1878

榎本武揚に代わって川村純義が海軍卿となる

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1878

参謀本部設置

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1878

山縣有朋に代わり西郷従道が陸軍卿就任(参議兼務)

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1880

陸軍卿の西郷従道が参議・農商務卿に転出し大山巌が陸軍卿就任

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1881

開拓使官有物払下げ事件

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1881

大隈重信一派が追放され薩長藩閥政府が現出(明治十四年の政変)、首班の伊藤博文は国会開設の詔で民権派と妥協

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1882

黒田清隆長官が引責辞任に追込まれ開拓使廃止(農商務卿の西郷従道が1月間長官を兼任)

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1882

薩長藩閥政府が岩崎弥太郎の郵便汽船三菱会社に「第三命令書」を交付し事業妨害

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1882

軍人勅諭公布

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1882

朝鮮で壬午事変

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1882

西郷従道・黒田清隆ら薩摩閥と井上馨が三菱潰しのため共同運輸会社を設立

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1884

朝鮮で甲申事変、自由党の板垣退助・後藤象二郎や福澤諭吉が金玉均の独立党を後援

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1885

岩崎弥太郎が共同運輸会社との死闘の最中に東京六義園にて死去(享年51)、弟の岩崎弥之助が三菱を承継

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1885

西郷従道農商務卿の和解勧告を岩崎弥之助が受入れ共同運輸会社が郵便汽船三菱会社を併合し日本郵船会社が発足

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1885

第一次伊藤博文内閣発足、西郷従道が海軍大臣就任(海軍卿の川村純義は宮中顧問官へ転任)

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1886

岩崎弥之助が三菱社設立

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1887

山本権兵衛が海軍伝令使に補され西郷従道海相と昵懇となる

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1888

黒田清隆内閣発足、西郷従道が海軍大臣就任

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1888

鎮台制を師団制に改編

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1889

大日本帝国憲法発布

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1889

川上操六がドイツから帰国し参謀本部次長に復職、独軍参謀総長モルトケ直伝のドイツ式軍制改革や参謀本部強化を推進

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1890

第一次山縣有朋内閣発足、西郷従道が海軍大臣就任(樺山資紀に途中交代)

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1891

山本権兵衛が西郷従道海相のもと海軍省大臣官房主事に就き海軍の分離独立改革を断行

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1891

西郷従道が内務大臣に転任し代わりに樺山資紀が海軍大臣就任

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1891

第一次松方正義内閣発足、西郷従道が内務大臣就任(品川弥二郎に途中交代)、樺山資紀が海軍大臣就任

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1891

大津事件、西郷従道内相が引責辞任

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1891

帝政ロシアがシベリア鉄道起工

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1892

西郷従道が枢密顧問官就任

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1892

第二次伊藤博文内閣発足、仁礼景範が海軍大臣就任(西郷従道に途中交代)

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1893

日清戦争準備の作戦会議、伊藤博文首相が川上操六(陸軍)・山本権兵衛(海軍)の開戦論を採用

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1893

海軍軍令部設置

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1894

朝鮮で甲午農民戦争、日清両軍が朝鮮へ派兵し一触即発

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1894

日清戦争勃発

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1895

西郷従道が侯爵へ昇叙

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1895

下関条約で日清戦争終結、朝鮮(李朝)が初めて中国から独立しソウルに独立門建立

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1895

山本権兵衛が海軍省軍務局長就任

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1895

三国干渉~露仏独が日本に遼東半島返還を要求

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1895

台湾総督府設置

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1895

朝鮮で親ロシア政権誕生、閔妃殺害事件

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1896

露清密約、ロシアが清から東清鉄道敷設権を獲得

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1896

第二次松方正義内閣発足、西郷従道が海軍大臣に復職

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1898

列強による清の植民地争奪競争が激化

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1898

第三次伊藤博文内閣発足、西郷従道が海軍大臣就任

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1898

第一次大隈重信内閣(隈板内閣)発足、西郷従道が海軍大臣就任

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1898

第二次山縣有朋内閣発足、山本権兵衛が海軍大臣就任

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1899

地租増徴

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1900

軍部大臣現役武官制制定

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1900

北清事変

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1900

黒田清隆死去

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1900

第四次伊藤博文内閣(政友会)発足、山本権兵衛が海軍大臣就任

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1901

第一次桂太郎内閣(長州・陸軍)発足、山本権兵衛が海軍大臣就任

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1901

北京議定書調印

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1901

ロシアが日本に韓国中立化構想を提案、日露協商派と対露強硬派が対立

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1902

第一次日英同盟協約締結

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1902

元帥海軍大将・元老・侯爵の西郷従道が死去(享年59)

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1970

大山巌がヨーロッパ遊学、普仏戦争観戦

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Kouyuuroku

西郷隆盛

兄にして薩摩藩のドン

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篠原国幹

兄の子分

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村田新八

兄の子分

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桐野利秋

兄の子分

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辺見十郎

兄の子分

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大久保利通

薩摩藩のドン

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大山巌

従兄弟にして盟友

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黒田清隆

薩摩藩の盟友

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松方正義

薩摩閥仲間

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川村純義

薩摩閥仲間

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樺山資紀

薩摩閥仲間

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川上操六

日清戦争の仕掛け人

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黒木為楨

薩摩閥仲間

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川村景明

薩摩閥仲間

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山本権兵衛

薩摩閥の偉材にして後継者

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伊藤祐亨

薩摩閥仲間

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井上良馨

薩摩閥仲間

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東郷平八郎

薩摩閥仲間

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日高壮之丞

薩摩閥仲間

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上原勇作

薩摩閥仲間

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島津久光

かつての主君

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島津忠義

かつての若様

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吉井友実

精忠組の同志

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伊地知正治

精忠組の同志

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有村俊斎

精忠組の同志

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有馬新七

寺田屋同志

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大山綱良

寺田屋の討手

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奈良原繁

寺田屋の討手

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真木和泉

扇動者

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平野国臣

扇動者

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木戸孝允

長州藩のドン

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大村益次郎

陸軍の父

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山田顕義

大村の腹心

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伊藤博文

長州藩のドン

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山縣有朋

陸軍長州閥のドン

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井上馨

長州藩の重鎮

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児玉源太郎

長州藩の偉材

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桂太郎

山縣の子分

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寺内正毅

山縣の子分

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陸奥宗光

日清戦争の仕掛け人

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加藤友三郎

海軍の逸材

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斎藤実

山本権兵衛の副官

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岩崎弥太郎

海坊主

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岩崎弥之助

三菱2代目

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