58 abenobuyuki

あべ のぶゆき

阿部 信行

1875年~1953年

20

陸軍長州閥の宇垣一成に属し中立・穏健派と目され首相に上り詰めたが何も出来ず退陣、東條英機に乗換えて名誉職を与えられ、東京裁判で謎の不起訴となった「処世の将軍」

同じ時代の人物

Sunhyou

基礎点

20

阿部信行は、陸軍長州閥の系譜を引く「宇垣一成の寵児」で、統制派・皇統派の派閥抗争の局外中立にいたことと人柄の良さで首相に推戴されたが、あまりの不人気に陸軍も倒閣に動き4ヶ月余で退陣、軍人としても政治家としても特筆すべき業績は無い。退陣後の阿部信行は、名誉職を与えられて統制派へ乗換え、重臣会議メンバーとして東條英機内閣の発足に尽力した。朝鮮総督の阿部信行は任地で終戦を迎えたが米軍の護衛で早々に帰国し、東京裁判でA級戦犯指定を受けるも何故か開廷直前に釈放された。風見鶏の前歴を考えると非常に訝しい。

Shijitsu

1875

旧加賀藩の下級藩士阿部信満の子として阿部信行が金沢にて出生

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1894

朝鮮で甲午農民戦争、日清両軍が朝鮮へ派兵し一触即発

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1894

日清戦争勃発

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1895

下関条約で日清戦争終結、朝鮮(李朝)が初めて中国から独立しソウルに独立門建立

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1895

三国干渉~露仏独が日本に遼東半島返還を要求

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1895

台湾総督府設置

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1897

阿部信行が陸軍士官学校(9期)を優等(恩賜の軍刀組)で卒業

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1898

列強による清の植民地争奪競争が激化

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1900

北清事変

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1901

北京議定書調印

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1901

ロシアが日本に韓国中立化構想を提案、日露協商派と対露強硬派が対立

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1902

第一次日英同盟協約締結

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1903

ロシアが満州撤兵不履行、日露協商(満韓交換論)交渉決裂

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1904

仁川沖海戦

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1904

日露戦争開戦

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1904

伊藤博文が金子堅太郎を対米工作に派遣

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1904

第一次日韓協約締結

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1904

遼陽会戦

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1905

旅順攻略

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1905

血の日曜日事件~ロシア革命が始まる

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1905

奉天会戦

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1905

日本海海戦

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1905

ポーツマス条約調印

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1905

日比谷焼打事件

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1906

南満州鉄道会社(満鉄)設立・後藤新平が初代総裁就任、アメリカの干渉が始まる

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1906

第二次日韓協約締結、日本が朝鮮を保護国化し文治派の伊藤博文が初代韓国統監に就任

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1906

南満州に関東都督府設置

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1907

韓国軍隊解散、ハーグ密使事件、第三次日韓協約締結

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1907

第一次日露協約締結

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1907

阿部信行が陸軍大学校(19期)卒業

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1908

阿部信行が参謀本部勤務・陸軍大学校教官を歴任

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1909

伊藤博文がハルビン駅頭で朝鮮人に射殺される(享年68)

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1910

伊藤博文暗殺を機に軍部・対外硬派が韓国併合を断行、韓国統監府を朝鮮総督府に改組し軍政を敷くが民生向上により義兵運動は沈静化

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1910

阿部信行がドイツ駐在

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1912

二個師団増設問題、陸軍が軍部大臣現役武官制を楯に西園寺公望内閣を倒す

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1913

桂太郎が死去(享年65)、加藤高明が同志会総理を継ぐ

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1914

第一次世界大戦勃発、世界的物資不足のなか日本は特需景気を満喫

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1914

大隈重信政府が日英同盟を名分にドイツに宣戦布告し南洋諸島・山東省青島を占領

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1915

阿部信行がドイツから帰国し元帥副官任官

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1915

大隈重信首相・加藤高明外相が袁世凱の中華民国に「対華21カ条要求」を宣告

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1917

レーニンらボルシェヴィキがロマノフ朝ロシアを滅ぼし世界初の社会主義政権を樹立(ロシア革命)

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1918

シベリア出兵、野砲兵第3連隊長として従軍

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1918

第一次世界大戦終結

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1919

パリ講和会議・ベルサイユ条約で第一次世界大戦の講和成立(日本全権は西園寺公望・牧野伸顕)

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1919

寺内正毅死去

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1920

国際連盟が発足し日本は英仏伊と共に常任理事国に列す

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1921

宮中某重大事件、山縣有朋の権威失墜

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1921

阿部信行が陸軍大学校幹事任官

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1921

バーデン・バーデン密約~永田鉄山ら陸軍中堅幕僚の策動が始まる

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1921

アメリカの工作により日英同盟が廃棄となる

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1921

加藤友三郎海相・幣原喜重郎駐米大使がワシントン海軍軍縮条約調印を断行

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1922

陸軍長州閥を築いた山縣有朋が政敵の伊藤博文・大隈重信・板垣退助や子飼の桂太郎・寺内正毅の誰よりも長寿を保ち84歳で死去

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1922

加藤友三郎首相が日本軍のシベリア撤兵を断行

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1923

参謀本部総務部長就任、震災後は関東戒厳参謀長を兼務

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1923

関東大震災

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1925

日ソ基本条約調印、国交樹立

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1925

陸軍の永田鉄山の主導により軍事教練が始まる

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1926

孫文の死に伴い蒋介石が広東の国民政府を掌握し北伐開始

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1926

阿部信行が宇垣一成の引きで陸軍省軍務局長就任

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1926

大正天皇が崩御し昭和天皇が即位

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1927

永田鉄山らが陸軍内に「二葉会」を結成

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1927

鈴木貞一・石原莞爾らが陸軍内に「木曜会」を結成

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1928

陸軍中央で「満蒙領有」方針が現れる

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1928

蒋介石の国民革命軍が張作霖(日本の傀儡)の北京政府を打倒し北伐完了

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1928

張作霖爆殺事件(満州某重大事件)、陸軍中堅幕僚の暴走が始まる

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1928

張学良が奉天軍閥を承継、関東軍と対立し「満州問題」が深刻化

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1928

石原莞爾が関東軍作戦参謀に就任

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1928

阿部信行が宇垣一成の引きで陸軍次官就任

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1929

永田鉄山の二葉会に木曜会が合流し「一夕会」が発足

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1929

濱口雄幸内閣(民政党)発足、宇垣一成が陸軍大臣就任(阿部信行が一時臨時代理)

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1929

軍部や松岡洋右満鉄副総裁の扇動で「満蒙生命線論」が興隆

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1929

世界恐慌始まる、軍需主導で日本経済は1934年に回復

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1929

農産物価格が暴落し農家が大打撃を受ける

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1930

幣原喜重郎外相と海軍条約派がロンドン海軍軍縮条約調印を断行

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1930

鳩山一郎・犬養毅ら政友会が統帥権干犯問題を引起し東郷平八郎・伏見宮博恭王を担ぐ艦隊派(軍拡反米英派)が海軍主流となる

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1930

濱口雄幸首相銃撃事件

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1930

陸軍次官の阿部信行が宇垣一成陸相の臨時代理を務めたのち陸軍第4師団長へ転出

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1931

第二次若槻禮次郞内閣(民政党)発足、南次郎:が陸軍大臣就任

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1931

永田鉄山軍事課長ら「五課長会」が「満蒙問題解決方策の大綱」を決定し関東軍へ「1年間の隠忍自重方針」を通達

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1931

中村震太郎大尉殺害事件、万宝山事件、陸軍首脳が武力解決を決意

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1931

関東軍参謀の石原莞爾・板垣征四郎らが柳条湖事件を起し満州事変勃発

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1931

朝鮮駐留軍の林銑十郎司令官が独断で越境増援、若槻禮次郞内閣が追認

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1931

軍事費の急増が始まる

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1931

新聞各紙の満州事変礼賛報道で好戦ムードが蔓延

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1931

石原莞爾ら満州事変首謀者が「満蒙問題解決案」を策定

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1931

十月事件

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1931

若槻禮次郞内閣が満州国建国方針を決定

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1931

犬養毅内閣(政友会)発足、一夕会系の荒木貞夫が陸相就任

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1932

阿部信行が台湾軍司令官就任

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1932

関東軍が満州全域を制圧

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1932

第一次上海事変

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1932

軍拡反米英派(艦隊派)首領の伏見宮博恭王が海軍軍令部長(総長へ改称)就任(~1941)

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1932

血盟団事件

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1932

満州国建国

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1932

国際連盟が満州国にリットン調査団を派遣

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1932

上海天長節爆弾事件

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1932

五・一五事件~海軍将校が武装蜂起し犬養毅首相を殺害(享年77)政党内閣が終焉

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1932

斎藤実内閣(海軍)発足、荒木貞夫が陸相・林銑十郎が教育総監・真崎甚三郎が参謀次長に就任し陸軍三長官を一夕会系が独占

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1932

斎藤実内閣が満州国を承認

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1932

第一次武装移民団が満州入植し満蒙開拓移民が始まる

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1932

満州事変後の軍拡で重工業生産が急拡大し景気がV字回復

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1933

松岡洋右首席全権が国際連盟総会で脱退劇を演じ斎藤実政府は満州撤退勧告を拒否

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1933

永田鉄山・統制派と小畑敏四郎・皇道派の対立が始まる

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1933

塘沽停戦協定締結

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1933

阿部信行が上りポストの軍事参議官入り

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1934

林銑十郎が陸相に就任し永田鉄山ら統制派が陸軍中央を掌握

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1934

岡田啓介内閣(海軍)発足、林銑十郎が陸軍大臣就任(川島義之に途中交代)

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1934

統制派が『陸軍パンフレット』刊行

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1934

日本経済が世界恐慌前の水準に回復、軍需主導で更なる高度成長が続く

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1935

天皇機関説問題、国体明徴運動

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1935

林銑十郎陸相・永田鉄山軍務局長が満州出張し関東軍を抑制、「梅津・何応欽協定」成立

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1935

陸軍統制派の首領永田鉄山が殺害される(相沢事件)

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1936

二・二六事件、参謀本部作戦課長の石原莞爾が戒厳司令部参謀を兼務し反乱将校の断罪と皇統派の粛清を主導

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1936

広田弘毅内閣(外務官僚)発足~軍国主義化が一気に加速、寺内寿一が陸軍大臣就任

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1936

阿部信行が予備役編入

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1936

軍部大臣現役武官制が復活

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1936

日独防共協定調印

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1936

広田弘毅内閣が「北守南進政策」を決定

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1936

ワシントン・ロンドン海軍軍縮条約廃棄

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1937

林銑十郎内閣(陸軍)発足

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1937

第一次近衛文麿内閣(公家・外相広田弘毅)発足~亡国の貴公子登場、杉山元が陸相就任(板垣征四郎に途中交代)

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1937

盧溝橋事件で日中戦争が始まる

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1937

日中戦争不拡大を説く石原莞爾が失脚し華北分離を主張する武藤章・田中新一ら統制派が陸軍中央を掌握

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1937

近衛文麿内閣の増派決定で日中戦争拡大

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1937

日本軍が北京・天津・上海を攻略(第二次上海事変)

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1937

石原莞爾の停戦案を近衛文麿首相と陸軍統制派が拒否

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1937

第二次国共合作成立

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1937

大本営設置

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1937

日本軍が国民政府の首都南京を占領

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1938

日本軍が武漢三鎮を占領するが蒋介石の国民政府は重慶へ退避

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1938

近衛文麿首相がトラウトマンの日中戦争和解案を拒絶

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1938

近衛文麿首相が「国民政府を対手とせず」と発表(第一次近衛声明)

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1938

国家総動員法公布~軍国主義化の決定打

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1938

近衛文麿首相が「東亜新秩序声明」~欧米を激しく挑発

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1939

平沼騏一郎内閣(右翼・司法官僚)発足、板垣征四郎が陸軍大臣就任

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1939

ナチス・ドイツから日独伊三国同盟の提案を受ける

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1939

ノモンハン事件勃発

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1939

天津事件、アメリカが日米通商航海条約破棄を通告

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1939

独ソ不可侵条約調印

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1939

阿部信行内閣(陸軍)発足、畑俊六が陸軍大臣就任

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1939

ドイツ軍がポーランド侵攻、英仏が独に宣戦布告し第二次世界大戦勃発

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1940

米内光政内閣(海軍)発足、畑俊六が陸軍大臣就任

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1940

日本が汪兆銘を擁立して南京に中華民国政府を樹立

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1940

日本軍による重慶爆撃

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1940

イタリアが英仏に宣戦布告

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1940

ナチス・ドイツ軍がパリを占領しフランス降伏

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1940

第二次近衛文麿内閣(公家)発足(松岡洋右外相・東條英機陸相)

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1940

アメリカが対日屑鉄輸出を全面禁止、ABCD包囲網による経済封鎖が本格化

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1940

「バトル・オブ・ブリテン」でイギリスがナチス・ドイツの本土上陸作戦を阻止

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1940

近衛文麿内閣が日独伊三国同盟を決定し英米が正面敵となる

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1940

日本軍が北部仏領インドシナへ進駐し南進政策始動

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1940

近衛文麿首相が大政翼賛会を結成し総裁就任

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1940

海軍の出師準備発令

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1940

最後の元老西園寺公望死去

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1940

岡敬純・石川信吾ら対米強硬派が海軍を完全掌握し海軍国防政策委員会を設置

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1941

松岡洋右外相がスターリンを訪問し電撃的に日ソ中立条約調印

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1941

野村吉三郎駐米大使の日米和解交渉が松岡洋右外相の妨害により停止

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1941

独ソ戦開戦

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1941

第三次近衛文麿内閣(公家)発足、松岡洋右外相を放逐

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1941

関東軍特種演習~対ソ連開戦に備えた関東軍増強

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1941

南部仏領インドシナ進駐開始

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1941

アメリカが対日石油輸出全面禁止

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1941

御前会議で「帝国国策遂行要領」を定め対米開戦決意

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1941

東條英機内閣(陸軍)発足

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1941

アメリカの最後通牒(ハル・ノート)で日米交渉が決裂し御前会議で対米開戦決定

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1941

ナチス・ドイツ軍がモスクワ攻略に失敗し後退が始まる

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1941

日本海軍の真珠湾攻撃・陸軍のマレー侵攻で太平洋戦争勃発

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1942

阿部信行が大日本興亜同盟総裁就任

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1942

日本軍が香港・マニラ・シンガポールを攻略

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1942

日本軍がインドネシア全域を占領し石油供給源を獲得(シーレーン断絶で宝の持ち腐れとなる)

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1942

米軍が日本本土爆撃を試行

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1942

阿部信行が翼賛政治会会長就任

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1942

阿部信行が貴族院議員となる

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1942

ミッドウェー海戦で日本海軍大敗

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1943

スターリングラード攻防戦でソ連軍がドイツ軍を撃退

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1943

日本軍がソロモン沖海戦で敗北しガダルカナル島撤退

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1943

ムッソリーニのイタリアが早々に連合国に降伏

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1943

米英中が「カイロ宣言」発表

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1944

東條英機の意を受けた牟田口廉也が無用無謀のインパール作戦を強行

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1944

マリアナ沖海戦敗北・サイパン島陥落で日本の敗戦が決定的となる

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1944

伏見宮博恭王の示唆により軍令部で特攻作戦の計画が具体化

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1944

小磯國昭内閣(陸軍)発足、杉山元が陸軍大臣就任

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1944

阿部信行が最後の朝鮮総督に就任

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1944

小磯國昭内閣が徴兵年齢を拡大し「根こそぎ動員」

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1944

レイテ沖海戦で日本海軍が壊滅し南方補給路が断絶(伏見宮博恭王元帥の示唆で「特攻作戦」始動)

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1945

米英ソがヤルタ会談(ソ連の対日参戦を秘密合意)

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1945

陸海軍統帥部が「本土決戦完遂基本要綱」を決定

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1945

東京大空襲はじめ米軍の空爆で全国主要都市が焼け野原と化す

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1945

硫黄島陥落で日本軍は本土制空権も完全喪失

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1945

沖縄戦が始まる

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1945

ソ連が日ソ中立条約廃棄を通告

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1945

鈴木貫太郎内閣(海軍)発足、阿南惟幾が陸軍大臣就任

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1945

ドイツが連合国に降伏

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1945

鈴木貫太郎政府がソ連を仲介とする日米和解工作に動く

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1945

連合国がポツダム宣言発表

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1945

トルーマン米大統領が広島に原子爆弾投下

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1945

ソ連が日ソ中立条約を破り満州・樺太・朝鮮へ侵攻

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1945

トルーマン米大統領が長崎に原子爆弾投下

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1945

日本がポツダム宣言に基づく降伏を通告

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1945

玉音放送

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1945

朝鮮総督の阿部信行がアメリカ軍に護送され帰国

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1945

マッカーサー連合軍最高司令官が着任し連合軍進駐開始

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1945

日本代表の重光葵外相が降伏文書に調印し第二次世界大戦終結、ソ連は満州侵略を止めず北朝鮮まで制圧

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1945

GHQが東條英機を逮捕し戦犯狩り始動

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1945

連合軍総司令部(GHQ)による間接統治開始(~1952)

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1945

阿部信行がA級戦犯容疑で逮捕されるが開廷直前に謎の釈放

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1946

極東国際軍事裁判(東京裁判)開始(~1948)

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1948

東條英機(享年63)らA級戦犯7名の死刑執行、他の戦犯容疑者は釈放

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1953

阿部信行が死去(享年77)

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Kouyuuroku

宇垣一成

出世の恩人

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真崎甚三郎

皇道派の重鎮

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荒木貞夫

皇道派の重鎮

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林銑十郎

永田のロボット

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永田鉄山

中堅幕僚の首領

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石原莞爾

優秀な後輩

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板垣征四郎

石原派

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武藤章

統制派の首領

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田中新一

統制派の首領

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東條英機

統制派最年長

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小磯國昭

陸軍仲間

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南次郎

陸軍仲間

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寺内寿一

陸軍仲間

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杉山元

陸軍仲間

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畑俊六

陸軍仲間

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阿南惟幾

陸軍仲間

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西園寺公望

キングメーカー

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濱口雄幸

陸相時の首相

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木戸幸一

重臣の親戚

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井上成美

海軍の親戚

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マッカーサー

最後のボス

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