10 otadoukan

おおた どうかん

太田 道灌

1432年~1486年

60

江戸城を拠点に東奔西走し古河公方足利成氏を降して関東管領上杉氏に勝利をもたらしたが(享徳の乱)、下克上を恐れる主君に謀殺された戦国初期関東の最高実力者

同じ時代の人物

Sunhyou

基礎点

60

太田道灌は、江戸城を拠点に東奔西走し古河公方足利成氏を降して関東管領上杉氏に勝利をもたらしたが(享徳の乱)、下克上を恐れる主君に謀殺された戦国初期関東の最高実力者である。中国古典を渉猟して兵法に精通し、30余度の合戦で獅子奮迅の活躍、「山内上杉家が武蔵・上野両国を支配できるのは、私の功である」との自認に値する大功を立てたが、「狡兎死して走狗煮らる」の諺を地で行ってしまった。下克上の時勢が熟す数十年後に登場していれば、主家上杉氏を追落として関東に覇を唱え、同年生の北条早雲を退けたかも知れない。関東管領上杉氏は、山内・扇谷・犬懸・宅間の四家に分れたが、山内家が関東管領を独占し他の三家は分家的存在となった。1416年上杉禅秀の乱を機に上杉氏と鎌倉公方足利氏の対立抗争が激化、1438年将軍足利義教を味方に付けた上杉憲実が足利持氏を討ち鎌倉公方は一旦滅亡するも(永享の乱)、上杉氏が持氏の末子成氏を擁立して鎌倉公方を再興した。が、1454年傀儡の立場を潔しとしない足利成氏が関東管領上杉憲忠を謀殺、将軍足利義政の支持を得た上杉氏は成氏勢を下総古河へ押しやり(古河公方)、関東諸豪は真二つに割れ利根川を挟んで対峙し30年に及ぶ大乱へ発展(享徳の乱)、将軍義政は成氏への対抗馬に弟足利政知を送り込むも鎌倉入りを阻まれて伊豆堀越に留まった(堀越公方)。父太田資清から扇谷上杉家家宰を継いだ太田道灌は、武蔵国に河越城・江戸城・岩槻城・五十子陣を築いて防衛体制を敷き、関東管領山内上杉房顕に主君扇谷上杉政真まで合戦で喪いながらも死闘を征し、長尾景春の反乱を討ち平げて、1483年上杉氏勝利で関東大乱を終息させた(都鄙合体)。が、太田道灌の活躍で主家扇谷家の権勢が関東管領山内家を凌駕し両上杉家の対立抗争が勃発、そして3年後太田道灌は権勢を妬む主君扇谷上杉定正に謀殺された。柱石を失った関東諸豪は再び動揺し山内・扇谷の両陣営に別れ再び争乱に突入(長享の乱)、両上杉家は共倒れの途を辿り道灌末期の「当家滅亡」の叫びどおり60年を経て漁夫の利をさらった後北条氏に滅ぼされた。

Shijitsu

1432

扇谷上杉家家宰で相模守護代の太田資清の嫡子に太田資長(太田道灌)が出生

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1438

[永享の乱]鎌倉公方足利持氏と対立した山内上杉憲実が関東管領を辞任し領国上野国に退去、持氏は征討軍を送るが、将軍足利義教が持氏追討軍を派遣、扇谷上杉持朝も山内上杉支持で参戦し、足利持氏・義久父子と稲村公方足利満貞を自害させ鎌倉公方は一旦滅亡

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1440

[結城合戦]結城氏朝・持朝父子が前鎌倉公方足利持氏の遺児春王丸・安王丸を担いで挙兵するが山内・扇谷両上杉氏・幕府軍に鎮圧され滅亡、論功行賞で扇谷上杉持朝は相模守護を叙任

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1441

[嘉吉の乱]将軍足利義教が赤松義雅の所領を没収し男色相手の赤松貞村に下賜、怒った赤松満祐・教康父子が将軍足利義教を饗応に招請し殺害、幕府討伐軍により赤松一族滅亡

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1442

前将軍足利義教の嫡子足利義勝が7代室町将軍就任

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1446

太田道灌が元服

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1449

足利義勝死去に伴い同母弟の足利義政が8代室町将軍就任

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1449

越後・信濃守護上杉房定が足利持氏の末子成氏を担いで鎌倉公方再興、山内上杉憲忠が関東管領に就任し扇谷上杉持朝(持氏殺害の首謀者)は嫡子顕房に家督を譲って和解の意を示すが両上杉氏と足利氏の緊張関係は続く

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1450

山内上杉家家宰の長尾景仲と扇谷上杉家家宰の太田資清(道灌の父)が関東公方府を襲撃、足利成氏は一時江ノ島に非難

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1452

細川勝元が幕府管領に就任

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1454

[享徳の乱]関東公方足利成氏が関東管領山内上杉憲忠を謀殺(家宰長尾景仲は憲忠の弟房顕を関東管領に擁立)、山内・扇谷上杉氏は反撃に出るが武蔵分倍河原で大敗し扇谷上杉顕房も戦死(遺児政真を祖父持朝と家宰の太田資清・道灌父子が後見)、勢い付く成氏は下総古河へ出征するが、将軍足利義政の成氏追討の号令に応じた駿河守護今川範忠が鎌倉を制圧、成氏は鎌倉に戻れず古河に留まり(古河公方)、諸豪は利根川を堺に両陣営に別れ30年に及ぶ関東大乱に発展

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1456

太田資清が嫡子道灌に家督を譲る

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1457

太田資清・道灌父子が武蔵国に防衛拠点を構築、資清は扇谷上杉持朝を守護して河越城に居城し道灌は江戸城を守る

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1457

関東管領山内上杉房顕の要請により将軍足利義政が弟政知(天龍寺清久)を還俗させて関東に派遣、同時に関東諸豪に古河公方足利成氏討伐を号令するが足並み揃わず扇谷上杉持朝も離反、鎌倉入りを阻まれ孤立した政知は堀越公方と称される

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1457

[長禄の変]赤松氏遺臣らが奥吉野襲撃・自天王と忠義王を殺害して後南朝を滅ぼし神璽を奪回、赤松政則は管領細川勝元から赤松家再興を許され加賀守護に就任

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1461

堀越公方足利政知と対立した扇谷上杉持朝に謀反の嫌疑が掛かり重臣連が失脚・隠遁、太田資清も隠居し嫡子道灌に扇谷上杉家を託す

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1462

寛正の大飢饉により京畿に土一揆が広がる

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1463

山内上杉家家宰長尾景仲(太田道灌の外祖父)が死去、子の長尾景信・忠景が後継

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1464

男児のない将軍足利義政が弟の浄土寺義尋を還俗させて足利義視とし養嗣子に擁立、伊勢新九郎長氏(北条早雲)が近侍となる

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1465

将軍足利義政と正室日野富子の間に足利義尚が出生、足利義視派との継嗣争いが発生

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1466

[太田庄の戦い]上杉氏が武蔵五十子に築城し(五十子陣)古河公方足利成氏と対峙、将軍足利義政の号令虚しく成氏討伐軍は来援せず、関東管領山内上杉房顕が陣没、男児が無かったため上杉房定の実子顕定が養嗣子に入り後継

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1467

[応仁の乱]将軍家と斯波・畠山両管領家の家督争いから京都で戦争が勃発、全国諸大名が細川勝元(東軍)と山名宗全(西軍)に分れ11年に及ぶ全国規模の内乱に発展

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1467

扇谷上杉持朝が死去、幼君上杉政真を太田道灌が補佐し古河公方足利成氏と攻防

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1468

雪舟が本場中国で水墨画を学ぶため大内政弘・室町将軍足利義政・管領細川勝元が明へ派遣した勘合貿易船(正使は天與清啓)に同乗を許され渡海、夏珪・李唐など宋・元代の水墨画に感化されて模写に励み揚子江流域など中国各地で風景を写生し「風景こそ最大の師」の境地に到達、天童山景徳禅寺で「四明天童山第一座」の尊称を贈られ首都北京でも画名を博し2年弱の滞在を終えて帰国し周防山口を拠点に豊後や石見へも足を伸ばす

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1470

[京極騒乱]応仁の乱の渦中に京極家当主持清が死去、嫡孫の童子丸が後を継ぐが翌年夭逝、政経と高清の間で30年に及ぶ熾烈な家督争いが勃発(京極政経は出雲へ隠遁、勝利した京極高清・六角高頼による南北近江分割統治で決着)

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1471

本願寺蓮如が興福寺経覚・本覚寺蓮光の援助のもと越前北潟湖畔吉崎山の頂に吉崎御坊を建立(付近の河口荘は経覚の領地で、朝倉孝景の横領に対抗するため蓮如を下向させたとされる)、庶民に分り易い『御文』や「南無阿弥陀仏」の六字名号下付で教線を伸ばし北陸から奥羽の門徒が参集し繁華な寺内町を形成(4年後に蓮如が去り1506年九頭竜川の戦いで越前一向一揆が朝倉宗滴に敗れ破却される)

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1473

山名宗全・細川勝元が相次いで死去、足利義政は隠居して小河新邸に移り足利義尚が9代室町将軍就任、義尚の生母日野富子が幕府実権を掌握

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1473

[五十子の戦い]古河公方足利成氏が長躯遠征して相模の堀越公方足利政知を襲撃、太田道灌率いる上杉軍は撃退し武蔵五十子陣まで押し返すが、扇谷上杉政真が戦死し(後継は叔父定正)山内上杉家家宰長尾景信も陣没(山内上杉は景信の弟忠景を後継としたため嫡子景春の謀反を招く)

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1474

西軍大将の山名政豊(宗全の後嗣)が細川政元の東軍に投降、西軍の畠山義就・大内政弘らが継戦

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1474

[加賀一向一揆]加賀守護富樫成春の後継争いが発生、次男の富樫幸千代が浄土真宗高田派や越前守護代甲斐敏光と結び一旦勝利するも嫡子の富樫政親が本願寺蓮如の力添えで幸千代一派を追放し加賀守護職を奪取、宗徒が暴徒化し一向一揆へ発展すると政親は弾圧に転じ一揆勢は越中瑞泉寺に退避、蓮如は一揆を扇動した下間蓮崇を破門して吉崎御坊から逃れ小浜、丹波、摂津を経て河内出口に寓居する

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1476

駿河守護今川義忠が遠江の土豪一揆平定戦で落命、扇谷上杉定正の家宰太田道灌が大軍を率いて乗り込み小鹿範満(義忠の従兄弟で母は犬懸上杉政憲氏)の今川家相続を強迫するが、伊勢新九郎長氏(北条早雲)が室町幕府の権威を背景に調停、当主には龍王丸(今川氏親・義忠と早雲の妹北川殿の子)を立て成人まで範満が後見することで決着

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1476

[長尾景春の乱]太田道灌・扇谷上杉軍の駿河出張の隙を衝き、叔父長尾忠景に山内上杉家家宰をさらわれた景信の嫡子長尾景春が古河公方足利成氏に寝返り武蔵鉢形城で挙兵、関東管領山内上杉顕定を上野国に敗走させ反上杉勢の蜂起が広がるが、帰還した太田道灌が東奔西走の活躍で豊島氏・千葉氏ら抵抗勢力を討平(弟の太田資忠は房総臼井城攻めで戦死)

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1477

大内政弘ら西軍諸大名の撤収により応仁の乱終息、足利義視は美濃に退去するが、畠山義就・政長は戦闘を継続

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1478

応仁の乱の活躍で周防・長門・豊前・筑前の守護職を安堵された大内政弘が山口に帰国後間もなく九州へ転戦、反乱挙兵した少弐教頼を攻め殺し豊前・筑前を制圧(後継の少弐政資は大内氏への抵抗を続ける)

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1479

越前一向一揆発生を嫌い吉崎御坊を退去した本願寺蓮如が京都山科に坊舎を築き居を定める(山科本願寺落成は5年後)

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1481

[越中一向一揆]加賀守護富樫政親に弾圧され越中瑞泉寺に逃込んだ蓮乗(蓮如の次男)ら一揆衆を福光城主石黒光義が攻撃するが返討ちに遭い越中砺波郡は一向一揆の支配下に置かれる

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1482

前将軍足利義政が古河公方足利成氏と和解

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1483

[都鄙合体・享徳の乱終息]太田道灌の活躍により古河公方足利成氏・長尾景春が降伏し30年に及んだ関東大乱が終息するが、道灌率いる扇谷上杉氏の権勢が関東管領山内上杉顕定を凌駕し両上杉家の対立抗争が勃発、主君の扇谷上杉定正にも警戒された道灌は『太田道灌状』で「山内家が武蔵・上野両国を支配できるのは、私の功である」と憤慨

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1485

太田道灌の嫡子資康が元服、足利成氏へ人質に出される

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1485

細川政元の後援により山城の国人が結束し山城国一揆が勃発、畠山義就・政長の両派を国外に追放

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1486

扇谷上杉定正が権臣太田道灌を相模糟屋館に招き騙し討ちで殺害(享年55)(北条早雲の謀略説あり)、柱石を失った関東諸豪は再び動揺し山内・扇谷の両陣営に分れ再び争乱に突入(長享の乱)(共倒れの途を辿った両上杉家は道灌末期の「当家滅亡」の叫びどおり60年後に北条氏康に滅ぼされる)

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Kouyuuroku

太田資清

山内上杉家を仕切った父

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太田資忠

臼井城で戦死した弟(甥説あり)

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太田資康

嫡子

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太田資高

摘孫

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上杉持朝

扇谷上杉当主・主君

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上杉顕房

持朝嫡子・享徳の乱で戦死

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上杉政真

顕房嫡子・五十子の戦いで戦死

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上杉定正

持朝三男・道灌を妬み暗殺した主君

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上杉朝良

定正甥

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上杉憲実

山内上杉当主

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上杉憲忠

足利成氏に殺された憲実嫡子

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上杉房顕

憲忠弟・太田庄の戦いで戦死

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上杉顕定

房顕後嗣・房定実子

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上杉房定

足利成氏を擁立した越後・信濃守護

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足利持氏

上杉氏に滅ぼされた鎌倉公方

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足利義久

持氏と共に殺された嫡子

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足利成氏

関東公方に返り咲いた持氏息・生涯の宿敵

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足利政知

上杉氏が擁立した堀越公方・義政弟

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足利義教

6代室町将軍

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足利義政

8代室町将軍

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足利義尚

9代室町将軍

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足利義視

家督争いに敗れた義政弟

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日野富子

やり手の義政妻

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長尾景仲

山内上杉家宰・外祖父にして父のライバル

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長尾景信

景仲嫡子・伯父・五十子の戦いで戦死

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長尾忠景

景仲次男・伯父

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細川勝元

幕府管領・東軍大将

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細川政元

勝元後嗣

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畠山持国

幕府管領

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畠山政長

幕府管領

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斯波義廉

幕府管領

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山名宗全

西軍大将

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今川範忠

救世主の駿河守護

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今川義忠

範忠嫡子

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今川氏親

早雲が当主に担いだ義忠嫡子

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小鹿範満

家督争いで氏親に敗れた今川一族

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北条早雲

今川家督争いの調停者

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三浦時高

扇谷上杉家の同僚

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大森氏頼

扇谷上杉家の同僚

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大森実頼

氏頼嫡子

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大森藤頼

早雲に滅ぼされた氏頼次男

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千葉実胤

扇谷上杉家の同僚

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千葉孝胤

滅ぼした成氏重臣

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千葉自胤

孝胤後継に擁立

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豊島泰経

滅ぼした武蔵国人

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豊島泰明

泰明弟

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万里集九

歌道仲間

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