30 hayashishounosuke

はやし しょうのすけ

林 正之助

1899年~1991年

60

姉の吉本せいから「吉本興業」を受継ぎテレビ時代に乗りプロレス・漫才ブームを演出、悪弊を留めつつ「お笑い王国」を築いた芸能界の覇者

同じ時代の人物

Sunhyou

基礎点

60

1912年道楽で家業を潰した吉本吉兵衛が妻せいの勧めで大阪天神橋の寄席を買取り翌年「吉本興行部」を開設(1932年「吉本興業」へ改称)、せいの弟林正之助は1917年18歳で総監督に就いて「大坂吉本」を担い、林弘高は1928年から「東京吉本」を率いた。吉本吉兵衛は早世したが吉本せい・林正之助の経営で吉本興業は躍進、「安来節」「吉本新喜劇」「しゃべくり漫才」で新味を加えつつ、巧みな芸人扱いと「強面」で寄席を次々買収し(「花月」に統一)桂春団治・三友派の吸収で上方演芸界を制覇、関東へ進出し「浅草花月劇場」を拠点に松竹と覇を競った。さらに吉本興業は、東宝と提携して映画に進出し読売球団創設に参画(戦後撤退)、大坂のシンボル「通天閣」を買収し(5年後焼亡)、東京・横浜・名古屋・京都・大阪・神戸に47の直営劇場・寄席・映画館と芸人1300人を擁するまでに膨張した。しかし戦時統制下に芸能界は逼塞し、吉本興業は戦地慰問団「わらわし隊」を供し命脈を保ったが戦乱で演芸施設と専属芸人の大半を喪失、戦後は進駐軍専用キャバレーと映画館で再出発した。1948年吉本せいは社長を退き3年後に逝去、2代目林正之助の吉本興業は翌年株式を上場し、力道山を擁しプロレス・ブームを演出、山崎豊子の『花のれん』で認知度を高め、1959年「うめだ花月」で演芸を再開し「京都花月」「なんば花月」と手を拡げた。林正之助はテレビへ軸足を移し、1969年『ヤングおー!おー!』で笑福亭仁鶴、桂三枝、やすし・きよし、明石家さんま、島田紳助らが全国区となり「吉本新喜劇」も定番化、1980年『花王名人劇場』『THE MANZAI』『お笑いスター誕生!!』で漫才ブームを巻起した。「NSC」(ダウンタウンは一期生)など芸人養成に余念の無い吉本興業にネタ切れの死角は無く「吉本なしでは、番組が作れない」状態を維持、芸能界の覇者となった林正之助は社長のまま92歳で大往生を遂げた。が、林正之助の死後も「社員は虫けら、芸人は乞食」の悪弊は残り、吉本家・林家・経営陣の三つ巴の泥仕合のすえ2007年娘の林マサの暴走で闇勢力の介入が発覚、2009年吉本興業は非上場化された。

Shijitsu

1899

兵庫県明石で米穀商を営む林豊次郎の嫡子に林正之助が出生

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1900

北清事変

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1901

官営八幡製鉄所操業

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1901

北京議定書調印

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1903

幸徳秋水らが平民社を結成、『平民新聞』創刊

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1903

ライト兄弟が初の動力飛行に成功

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1904

日露戦争開戦

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1905

ポーツマス条約調印

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1905

日比谷焼打事件

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1905

三井の越後屋が三越呉服店へ改称しデパートメントストア宣言

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1906

井上勝・桂太郎ら長州閥主導で鉄道国有法が成立し幹線鉄道国有化

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1906

南満州に関東都督府設置

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1906

南満州鉄道会社(満鉄)設立・後藤新平が初代総裁就任、アメリカの干渉が始まる

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1907

北浜銀行主導で箕面有馬電気軌道(阪急電鉄)設立、岩下清周は浪人の小林一三を実質上の経営者に招聘

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1909

伊藤博文がハルビン駅頭で朝鮮人に射殺される(享年68)

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1909

日本の製糸業輸出が世界一となる

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1910

林せい(林正之助の姉)が大阪上町の荒物問屋「箸吉」の跡取り息子吉本吉兵衛と結婚

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1910

大逆事件

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1910

伊藤博文暗殺を機に軍部・対外硬派が韓国併合を断行、韓国統監府を朝鮮総督府に改組し軍政を敷くが民生向上により義兵運動は沈静化

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1911

不平等条約改正で完全平等達成(関税自主権の完全回復)

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1911

警視庁に特別高等課設置

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1911

平塚雷鳥が青鞜社を結成し『青鞜』創刊

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1912

孫文ら辛亥革命が南京に中華民国を樹立し北洋軍閥・袁世凱の反旗で清朝滅亡

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1912

吉本吉兵衛・せい夫妻の荒物問屋「箸吉」が倒産、大阪市北区天神橋の「第二文芸館」(→天満花月)を買収し寄席経営を始める

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1912

日本がオリンピックに初参加(ストックホルム大会)

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1912

明治天皇が崩御し大正天皇が即位

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1913

吉本吉兵衛・せい夫妻が大阪心斎橋に「吉本興行部」設立(吉本興業創業)

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1913

小林一三の箕面有馬電気軌道(阪急)が宝塚新温泉内に「宝塚唱歌隊」結成(「宝塚歌劇団」へ改称)

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1914

第一次世界大戦勃発、世界的物資不足のなか日本は特需景気を満喫

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1914

大隈重信政府が日英同盟を名分にドイツに宣戦布告し南洋諸島・山東省青島を占領

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1915

大隈重信内閣が袁世凱政府に「対華21カ条要求」を突きつける

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1915

大戦景気により東京株式市場暴騰

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1915

全国高校野球大会が始まる

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1915

吉本せい(林正之助の姉)の吉本興行部が傘下の端席を「花月」に名称統一し桂派・三友派の二大勢力に挑戦

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1916

吉野作造が民本主義を提唱~大正デモクラシーの萌芽

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1917

イギリスの強要により日本海軍の艦隊が地中海へ出動

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1917

レーニンらボルシェヴィキがロマノフ朝ロシアを滅ぼし世界初の社会主義政権を樹立(ロシア革命)

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1917

林正之助が神戸の布地店から姉吉本せいの吉本興行部へ転職し総監督(総支配人)として「しゃべくり漫才」への転換を推進

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1918

松下幸之助が大阪市福島区大開で義弟の井植歳男らと松下電気器具製作所(パナソニック)を創業し改良ソケットで成長

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1918

インフレ進行で小作争議が蔓延し「米騒動」で寺内正毅内閣退陣

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1918

渋沢栄一の後援を得て五島慶太が田園都市株式会社(現東京急行電鉄)設立

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1918

シベリア出兵

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1918

第一次世界大戦終結

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1918

吉本せい・林正之助の吉本興行部が念願の一流寄席「金沢亭」(→南地花月)を買収

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1919

パリ講和会議・ベルサイユ条約で第一次世界大戦の講和成立(日本全権は西園寺公望・牧野伸顕)

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1920

国際連盟が発足し日本は英仏伊と共に常任理事国に列す

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1920

日本が初めて債権国となる

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1921

神戸三菱・川崎両造船所ストライキ(戦前最大規模の労働争議)

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1921

アメリカの工作により日英同盟が廃棄となる

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1921

加藤友三郎海相・幣原喜重郎駐米大使がワシントン海軍軍縮条約調印を断行

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1921

吉本せい・林正之助の吉本興行部が桂春団治(上方落語のスーパースターで三友派「紅梅亭」の看板芸人)の引抜きに成功

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1922

吉本せい・林正之助の吉本興行部が神田「川竹亭」(→神田花月)・横浜伊勢佐木町「新富亭」(→横浜花月)を皮切りに寄席買収による関東進出を開始

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1922

ソビエト社会主義共和国連邦樹立、スターリンが最高指導者となる

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1922

吉本せい・林正之助の吉本興行部が寄席「紅梅亭」を買収し三友派を吸収、寄席28館を掌中にし上方演芸界を制覇

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1923

石橋正二郎の日本足袋がゴム底「アサヒ地下足袋」を発売し作業現場の定番品となる

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1923

関東大震災

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1923

ウォルト・ディズニー・カンパニー創業

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1924

吉本吉兵衛の死に伴い妻の吉本せいが吉本興行部を相続し総監督の林正之助が実務を差配

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1924

早川徳次が大阪阿倍野に早川金属工業研究所を設立(シャープ創業)、国産初の安価な鉱石ラジオで急成長

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1925

東京放送局がラジオ放送開始

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1925

治安維持法制定

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1925

陸軍の永田鉄山の主導により軍事教練が始まる

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1925

普通選挙法制定

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1925

野間清司の大日本雄弁会(現講談社)が大衆誌『キング』を創刊し150万部を記録(1957年廃刊)

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1926

大正天皇が崩御し昭和天皇が即位

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1927

片岡直温蔵相の失言により金融恐慌が発生

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1927

高橋是清蔵相が金融恐慌を沈静化、高橋は蔵相を依願退職

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1928

蒋介石の国民革命軍が張作霖(日本の傀儡)の北京政府を打倒し北伐完了

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1928

張作霖爆殺事件(満州某重大事件)、陸軍中堅幕僚の暴走が始まる

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1928

張学良が奉天軍閥を承継、関東軍と対立し「満州問題」が深刻化

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1928

吉本興行部に林弘高が入社し東京吉本を事実上独立運営、大阪吉本を担う兄の林正之助との溝が深まる

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1929

トーキー映画が日本上陸し映画産業が興隆

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1929

世界恐慌始まる、軍需主導で日本経済は1934年に回復

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1929

農産物価格が暴落し農家が大打撃を受ける

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1930

幣原喜重郎外相と海軍条約派がロンドン海軍軍縮条約調印を断行

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1930

吉本せい・林正之助の吉本興行部が漫才専門寄席「南陽館」を開設しエンタツ・アチャコらが人気を博す

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1931

石橋正二郎が久留米市にブリッヂストンタイヤ株式会社(現ブリヂストン)設立

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1931

関東軍参謀の石原莞爾・板垣征四郎らが柳条湖事件を起し満州事変勃発

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1931

朝鮮駐留軍の林銑十郎司令官が独断で越境増援、若槻禮次郞内閣が追認

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1931

軍事費の急増が始まる

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1931

新聞各紙の満州事変礼賛報道で好戦ムードが蔓延

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1932

血盟団事件

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1932

満州国建国

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1932

吉本興行部が吉本興業合名会社へ改組し吉本せいが初代社長就任、大阪吉本の林正之助・東京吉本(東京支社)の林弘高と姉弟トロイカ体制確立

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1932

五・一五事件~海軍将校が武装蜂起し犬養毅首相を殺害(享年77)政党内閣が終焉

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1932

第一次武装移民団が満州入植し満蒙開拓移民が始まる

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1932

満州事変後の軍拡で重工業生産が急拡大し景気がV字回復

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1932

日本の紡績業輸出が世界一のイギリスに並ぶ

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1933

松岡洋右首席全権が国際連盟総会で脱退劇を演じ斎藤実政府は満州撤退勧告を拒否

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1933

鮎川義介が自動車製造株式会社を設立しダットサンの製造開始(翌年日産自動車へ改称)

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1933

豊田喜一郎が豊田自動織機製作所内に自動車製作部門創設(トヨタ自動車創業)

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1933

吉本せい・林正之助の吉本興業が映画部を開設し東宝と提携し映画事業に進出

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1934

吉本せい・林正之助の吉本興業が芸人のラジオ出演を解禁

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1934

正力松太郎の読売新聞社がMLB来日試合を機に大日本東京野球倶楽部創設(→読売ジャイアンツ)、吉本興業も出資し林正之助が球団役員に就任(戦後読売新聞社の完全支配下となり吉本興業は撤退)

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1934

桂春団治死去

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1934

日本経済が世界恐慌前の水準に回復、軍需主導で更なる高度成長が続く

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1934

徴兵逃れが蔓延し徴兵猶予者は過去最高の9万人

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1935

吉本せい・林正之助の吉本興業が関東拠点「浅草花月劇場」開設、東京・横浜・名古屋・京都・大阪・神戸に47の直営劇場・寄席・映画館と芸人1300人を擁し戦前の全盛期を迎える

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1936

自動車製造事業法施行、日産自動車と豊田自動織機自動車部が許可会社指定を受ける

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1936

東京巨人軍・大阪タイガースなど7球団で日本職業野球連盟発足

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1936

二・二六事件

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1936

広田弘毅内閣(外務官僚)発足~軍国主義化が一気に加速

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1936

「満州開拓移民推進計画」決定

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1936

日独防共協定調印

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1936

広田弘毅内閣が「北守南進政策」を決定

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1936

ワシントン・ロンドン海軍軍縮条約廃棄

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1936

吉本興業の林正之助が東宝映画配給の取締役を併任

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1937

第一次近衛文麿内閣(公家・外相広田弘毅)発足~亡国の貴公子登場

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1937

盧溝橋事件で日中戦争が始まる

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1937

近衛文麿内閣の増派決定で日中戦争拡大

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1937

第二次国共合作成立

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1937

鮎川義介が石原莞爾ら陸軍の要請に応じ満州重工業開発株式会社を設立し日産の重工業部門を満州へ移転

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1937

日本軍が国民政府の首都南京を占領

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1937

機械系輸出で自転車・自動車関連が躍進

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1938

日本軍が武漢三鎮を占領するが蒋介石の国民政府は重慶へ退避

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1938

近衛文麿首相が「国民政府を対手とせず」と発表(第一次近衛声明)

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1938

国家総動員法公布~軍国主義化の決定打

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1938

近衛文麿首相が「東亜新秩序声明」~欧米を激しく挑発

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1938

吉本せい・林正之助の吉本興業が大坂通天閣を買収、人気芸人で戦地慰問団「わらわし隊」を編成し続々と中国大陸へ派遣

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1939

大相撲の横綱双葉山が69連勝達成

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1939

国民精神総動員委員会が発足

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1939

米穀配給統制法公布、生活物資の配給制が始まる

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1939

ノモンハン事件勃発

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1939

天津事件、アメリカが日米通商航海条約破棄を通告

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1939

独ソ不可侵条約調印

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1939

ドイツ軍がポーランド侵攻、英仏が独に宣戦布告し第二次世界大戦勃発

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1939

松竹傘下の新興キネマが吉本興業芸人の引抜き騒動を起す

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1940

日本が汪兆銘を擁立して南京に中華民国政府を樹立

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1940

第二次近衛文麿内閣(公家)発足(松岡洋右外相・東條英機陸相)

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1940

アメリカが対日屑鉄輸出を全面禁止、ABCD包囲網による経済封鎖が本格化

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1940

近衛文麿内閣が日独伊三国同盟を決定し英米が正面敵となる

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1940

日本軍が北部仏領インドシナへ進駐し南進政策始動

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1940

大政翼賛会結成、吉本せい・林正之助の吉本興業は「日本移動演劇連盟」加盟

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1940

紀元二千六百年記念式典

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1940

晩婚化が進み初婚平均年齢は男性28歳・女性24歳に上昇

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1941

松岡洋右外相がスターリンを訪問し電撃的に日ソ中立条約調印

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1941

独ソ戦開戦

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1941

第三次近衛文麿内閣(公家)発足、松岡洋右外相を放逐

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1941

関東軍特種演習~対ソ連開戦に備えた関東軍増強

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1941

南部仏領インドシナ進駐開始

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1941

アメリカが対日石油輸出全面禁止

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1941

御前会議で「帝国国策遂行要領」を定め対米開戦決意

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1941

東條英機内閣(陸軍)発足

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1941

アメリカの最後通牒(ハル・ノート)で日米交渉が決裂し御前会議で対米開戦決定

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1941

日本海軍の真珠湾攻撃・陸軍のマレー侵攻で太平洋戦争勃発

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1942

日本軍が香港・マニラ・シンガポールを攻略

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1942

日本軍がインドネシア全域を占領し石油供給源を獲得(シーレーン断絶で宝の持ち腐れとなる)

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1942

ミッドウェー海戦で日本海軍大敗

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1943

日本軍がソロモン沖海戦で敗北しガダルカナル島撤退

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1943

東條英機内閣が明治神宮外苑で出陣学徒壮行会を挙行

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1943

山本五十六連合艦隊司令長官が撃墜死

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1943

ムッソリーニのイタリアが早々に連合国に降伏

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1943

米英中が「カイロ宣言」発表

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1943

吉本興業の大坂通天閣が失火で焼亡し吉本せい・林正之助は解体資材を軍に提供(1955年有志の通天閣観光が再建)

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1944

マリアナ沖海戦敗北・サイパン島陥落で日本の敗戦が決定的となる

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1944

伏見宮博恭王の示唆により軍令部で特攻作戦の計画が具体化

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1944

ブレトン・ウッズ協定、金本位制に基づく対ドル固定相場制の導入

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1944

小磯國昭内閣が徴兵年齢を拡大し「根こそぎ動員」

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1944

レイテ沖海戦で日本海軍が壊滅し南方補給路が断絶(伏見宮博恭王元帥の示唆で「特攻作戦」始動)

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1944

学童疎開が義務化され東京・大阪などから41万人以上が集団疎開

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1945

米英ソがヤルタ会談(ソ連の対日参戦を秘密合意)

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1945

東京大空襲はじめ米軍の空爆で全国主要都市が焼け野原と化す

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1945

硫黄島陥落で日本軍は本土制空権も完全喪失

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1945

沖縄戦が始まる

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1945

鈴木貫太郎内閣(海軍)発足

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1945

ドイツが連合国に降伏

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1945

連合国がポツダム宣言発表

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1945

トルーマンが広島に原子爆弾投下

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1945

ソ連が日ソ中立条約を破り満州・樺太・朝鮮へ侵攻

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1945

トルーマンが長崎に原子爆弾投下

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1945

日本がポツダム宣言に基づく降伏を通告

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1945

玉音放送

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1945

吉本せい・林正之助の吉本興業が演芸施設・専属芸人が壊滅した状態で終戦を迎え映画館経営で再出発

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1945

全国都市部に闇市が勃興(新宿・小津組、浅草・芝田組、池袋・関口組、銀座・上田組、新橋・松田組・・・)

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1945

日本政府が進駐軍兵士専用の「特殊慰安施設(売春施設)」設置

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1945

東久邇宮稔彦王首相の「一億総懺悔」発言で敗戦原因究明がうやむやとなる

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1945

『日米会話手帳』が発売3ヶ月で400万部の大ベストセラーに

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1945

マッカーサー連合軍最高司令官が着任し連合軍進駐開始

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1945

日本代表の重光葵外相が降伏文書に調印し第二次世界大戦終結、ソ連は満州侵略を止めず北朝鮮まで制圧

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1945

GHQが言論統制を発動し民間検閲支隊による徹底的な検閲を開始

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1945

米国務省が「降伏後における米国の初期対日方針」決定

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1945

昭和天皇・マッカーサー会談(以後11回)

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1945

御手洗毅の精機光学工業(キヤノン)が海軍等技術者を招聘し高級カメラ製作で事業再開(戦災で焼失した産科医院は再建断念)、進駐軍将校相手に盛況を呈す

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1945

連合軍総司令部(GHQ)による間接統治開始(~1952)

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1945

GHQが五大改革指令

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1945

国際連合発足

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1945

戦後第一回の宝くじ発売

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1945

雑誌の創刊・復刊ブーム

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1945

GHQが財閥解体指令

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1945

陸軍省・海軍省が復員省に改組され700万人以上の復員軍人を処理

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1945

男女共学解禁

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1945

GHQ命令により各新聞で「太平洋戦争史」連載、自虐史観が浸透

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1945

衆議院議員選挙法改定(婦人参政権容認)、「GHQ解散」

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1945

GHQが日本史・地理・修身の教育全廃を命令

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1946

天皇の「人間宣言」(神格否定の詔書公表)

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1946

GHQが公職追放を発動し軍関係者を中心に約21万人が遭難(1951年解除)

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1946

並木路子の『リンゴの唄』発売(戦後最初のヒット曲)

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1946

インフレ抑制のため預金封鎖・新円切替を断行

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1946

昭和天皇の地方巡幸はじまる

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1946

新選挙法による初の衆議院総選挙で鳩山一郎の自由党が勝利(初の女性議員39名が誕生)

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1946

GHQが持株会社整理委員会を設置し財閥解体を本格化

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1946

極東国際軍事裁判(東京裁判)開始(~1948)

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1946

井深大・盛田昭夫が東京日本橋に東京通信工業設立(ソニー創業)

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1946

第一次吉田茂内閣(自由党・外務官僚・従米路線の祖)発足、吉田茂が外相兼任

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1946

経済安定本部(安本)・物価庁設置

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1946

復興金融公庫法・戦時保障特別措置法成立

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1946

吉田茂内閣がGHQ指令に従い破壊的改革を強いる第二次農地改革法を制定

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1946

本田宗一郎が浜松市に本田技術研究所を設立し原動機付自転車「バタバタ」が大ヒット(本田技研工業創業)

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1946

田岡一雄が三代目山口組を襲名し港湾荷役と芸能興行で勢力伸張

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1946

吉本せい・林正之助の吉本興業が進駐軍専用キャバレー「グランド京都」開業

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1946

林弘高の東京吉本が兄林正之助の吉本興業から分離独立し「吉本株式会社」「太泉映画」設立、映画製作・力道山プロレス・江利チエミで業績伸張(数年で倒産し吉本興業に復帰)

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1946

吉田茂内閣が当用漢字1850字・旧かなづかい禁止の内閣告示

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1946

吉田茂内閣で「戦後処理費(米軍駐留経費)」が膨張し一般歳出の32%を占める

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1946

吉田茂内閣が閣議で鉄鋼・石炭の「傾斜生産方式」採用を決定

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1947

新宿帝都座で日本初のヌードショー、ストリップがブームに

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1947

手塚治虫(大坂医専学生)の長編漫画単行本『新寳島』が累計40万部の大ヒットで「赤本」ブームを巻起す(戦後ストーリー漫画の原点)

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1947

マッカーサー元帥の「2・1ゼネスト」中止声明で労働組合運動が沈静化

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1947

井植歳男(松下幸之助の義弟)がGHQ対策のため松下電器産業を退社し三洋電機創業(自転車用発電ランプ事業を承継)

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1947

GHQ作成日本国憲法施行

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1947

過度経済力集中排除法(財閥解体の施行細則)施行

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1947

民法改正(夫婦平等・戸主権や長子相続権の廃止・自由結婚など)

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1947

吉本穎右(吉本せいの一子)が24歳で病没

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1948

吉本興業が合名会社から株式会社へ改組し吉本せいは弟の林正之助に社長を譲る

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1948

帝銀事件

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1948

美空ひばり歌手デビュー

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1948

ソ連が「ベルリン封鎖」を強行し冷戦緊迫化

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1948

風営法制定

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1948

GHQ参謀第2部が民政局を打倒し第二次吉田茂内閣(民主自由党・外務官僚・従米路線の祖)発足、吉田茂が外相兼任

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1948

米政府が「国家安全保障会議文書」において日本経済の破壊から復興への180度戦略転換を確定

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1948

GHQが日本解体方針を緩和し「経済安定九原則」発表

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1948

東條英機(享年63)らA級戦犯7名の死刑執行、他の戦犯容疑者は釈放

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1949

米軍が日本の再軍備方針を決定

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1949

ドッジ・ライン(GHQによる超緊縮財政政策)が深刻な反動デフレを引起し日本産業界は壊滅に瀕す

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1949

GHQが1ドル=360円の単一為替レートを設定

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1949

東京証券取引所再開

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1949

林正之助の吉本興業が大阪証券取引所に株式上場

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1949

ドッジ・ラインに基づく国鉄人員整理発表、下山事件・三鷹事件・松川事件

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1949

甲子園で全国高校野球大会はじまる

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1949

シャウプ勧告(税制改革指令)

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1949

ソ連の核実験成功で東西冷戦が本格化

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1949

毛沢東の共産党が国共内戦を制し北京で中華人民共和国樹立を宣言、アメリカで日本再軍備(反共の防波堤)要請が一層高まる

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1949

東西ドイツ分離独立

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1949

湯川秀樹が「中間子の存在の予想」で日本人初のノーベル物理学賞受賞

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1949

闇金融で摘発された東大生の山崎晃嗣が自殺(光クラブ事件・藤田田も関与)

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1949

ドッジ・ライン恐慌でラジオセットメーカーの大半が倒産し関西の生残りは松下電器産業と早川電機工業(シャープ)のみ、部品供給の村田製作所も経営難に陥る

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1950

ドッジ・ライン恐慌が深刻化、池田勇人蔵相は「中小企業の一部倒産やむなし」と発言

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1950

吉本せいが死去し吉本興業は林正之助の独裁となる(吉本株式会社の倒産に伴い弟の林弘高が復帰)

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1950

GHQ民主化政策の一環で電波3法成立・NHK独占のラジオ放映権が解放され民放開局が相次ぎラジオ・ブーム加速

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1950

朝鮮戦争勃発、米軍の特需で日本経済は蘇生しアメリカは破壊から復興へ対日政策を転換

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1950

GHQと反共の吉田茂首相がレッド・パージを開始し約1万2千人を公職追放(逆コース)

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1950

GHQ指令を受け吉田茂政府が国家警察予備隊(自衛隊)創設

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1950

池田勇人蔵相が「貧乏人は麦を食え」発言

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1950

産業別労働人口:第一次産業48,5%・第二次21.8%・第三次29.6%

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1951

公職追放解除

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1952

ラジオ番組『君の名は』が空前の大ヒット(~1954年)

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1952

サンフランシスコ講和条約・日米安保条約・行政協定が発効、GHQは廃止され日本は独立を達成

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1952

血のメーデー事件(2人射殺・逮捕者1230人)

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1952

財閥解体の緩和が進み三井生命保険・住友銀行など財閥商号も復活

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1952

東京都内のジーンズショップが100店を超える

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1952

衆議院総選挙、自由党が圧勝し鳩山一郎ら公職追放解除者が衆議院議席の42%を占める

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1952

池田勇人通産相が「中小企業の倒産・自殺やむなし」の失言で引責辞任

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1952

本田宗一郎の本田技研工業が小型バイク「カブ」を発売し大ヒット

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1953

早川徳次の早川電機工業(シャープ)が国産初の白黒テレビ発売

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1953

テレビ放送開始

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1953

出光佐三の出光興産「日章丸二世」が英国海軍の監視をかわしイランから原油搬入、BPが積荷の所有権を主張するが東京地裁で出光興産の勝訴決定(日章丸事件)

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1953

朝鮮戦争休戦、反動需要減に日銀の金融引き締めが拍車をかけ長期不況に陥る

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1953

『東京物語』(小津安二郎監督)公開

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1953

林正之助・林弘高の吉本興業が力道山(元大相撲関脇)を迎え日本プロレス協会(日本プロレスリング興業株式会社)設立、テレビ放送でプロレス・ブーム到来(1957年人気低落に伴い吉本興業は撤退)

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1954

アメリカの圧力により吉田茂政府が国家警察予備隊を常設軍隊「自衛隊」へ改組(陸上13万人・海上1万5千人・航空6千人)

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1954

『ゴジラ』第一作上映

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1954

第一次鳩山一郎内閣(民主党・党人派・自主路線)発足、重光葵が外相兼副総理就任

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1954

高度経済成長はじまる(~1973)

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1954

日本漁船がビキニ環礁にてアメリカの水爆実験に遭難(第五福竜丸事件)

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1954

集団就職列車はじまる(~1975)

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1954

『ローマの休日』(オードリー・ヘプバーン主演)日本上映

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1954

朝日新聞が「国民所得戦前水準を抜く/消費増で国際収支赤字」と報道

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1955

米CIAに近い正力松太郎の読売新聞が「原子力の平和利用」を喧伝

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1955

井深大の東京通信工業(ソニー)が国産初のトランジスタラジオを発売し商標「SONY」で世界的大ヒット

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1955

米CIAに近い正力松太郎の読売新聞が「原子力平和利用博覧会」開催、来場者数37万人

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1955

保守合同で自由民主党(鳩山一郎総裁・岸信介幹事長、衆院299議席・参院69議席)が発足し「55年体制」開始

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1955

アメリカの意を受けた中曽根康弘主導で「原子力の平和利用」促進のための原子力基本法成立

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1956

『昭和史』(岩波新書)の自虐的左翼史観を亀井勝一郎が批評し「昭和史論争」が起る

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1956

鳩山一郎政府が経済白書に「もはや戦後ではない」と記し戦後復興完了を宣言

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1956

シベリア抑留者の最後の引揚船が舞鶴帰港(「岸壁の母」がミリオンセラーに)

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1956

日ソ国交回復を受け国際連合が日本の加盟を承認、重光葵外相の国連総会演説が賞賛される

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1956

公団住宅の供給がはじまる

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1957

第一次岸信介内閣(自民党・経済官僚・自主路線)発足、岸信介が外務大臣兼任(藤山愛一郎と途中交代)

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1957

中内功が末弟の中内力と大阪千林駅前に「主婦の店ダイエー薬局店」開業(ダイエー創業)

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1957

ソ連が初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功、大陸間弾道ミサイル(ICBM)実用化により北米大陸を射程に置く

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1958

NASA(アメリカ航空宇宙局)設立

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1958

安藤百福が即席麺「チキンラーメン」を発売しテレビCMで大ヒット(日清食品創業)

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1958

ミッチー・ブーム

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1958

東京タワー開業

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1958

吉本興業創業者の吉本せい(林正之助の姉)を小説化した山崎豊子の『花のれん』が直木賞受賞

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1958

全学連・社会党・総評が岸信介政権を攻撃し「安保闘争」が過熱

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1958

毛沢東が台湾侵攻を図るが米軍の抵抗で断念(台湾海峡クライシス)

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1959

林正之助の吉本興業が「うめだ花月」を開設し演芸再開

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1959

『週刊少年マガジン』『週刊少年サンデー』創刊

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1959

ソ連が世界初の月ロケット打ち上げに成功

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1959

三井三池争議、「総資本対総労働の対決」に組合側敗北

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1960

安保闘争のなか岸信介首相が日米新安保条約・地位協定調印を強行

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1960

東芝が国産第1号のカラーテレビ発売

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1960

安保闘争によりアイゼンハワー米大統領の訪日中止

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1960

第一次池田勇人内閣(自民党・財務官僚・従米路線)発足

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1960

石油輸出国機構 (OPEC) 設立

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1960

浅沼稲次郎社会党委員長が演説中に刺殺される

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1960

池田勇人内閣が「所得倍増計画」を閣議決定

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1960

ベトナム戦争勃発(~1975)、韓国などアジア諸国が派兵するなか池田勇人政府は軍事協力を拒否

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1960

産業別労働人口:第一次産業32.7%・第二次29.1%・第三次38.2%

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1961

ソ連軍のユーリイ・ガガーリンが世界初の有人宇宙飛行に成功し「地球は青かった」と発言

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1961

電気洗濯機の世帯普及率が50%突破

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1962

林正之助の吉本興業が演芸場「京都花月」「なんば花月」開設、「吉本ヴァラエティ」を「吉本新喜劇」へ改称

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1962

キューバ危機、フルシチョフ首相のミサイル撤去決断により核戦争回避

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1962

有名私立大学で軒並み女子学生が過半数を占め「女子学生亡国論」が話題に

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1963

日本初のテレビアニメシリーズ『鉄腕アトム』(原作手塚治虫・制作虫プロダクション)放送開始

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1963

『花の生涯』でNHK大河ドラマが始まる

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1963

日本原子力研究所が日本で最初の原子力発電を実施(「原子力の日」)

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1963

キヤノンカメラが世界初のオートフォーカス「キャノンAFカメラ」発売、世界市場でドイツ勢・ライカを凌駕

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1963

ジョン・F・ケネディ米大統領暗殺

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1963

吉本興業で体調不良の林正之助が弟の林弘高に社長を譲り大坂吉本・正之助派と東京吉本・弘高派の主導権争いが再燃

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1963

力道山がヤクザに刺され落命

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1964

警視庁が暴力団全国一斉取締り(「第一次頂上作戦」)を開始

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1964

米軍の謀略でトンキン湾事件発生、北爆によりベトナム戦争激化

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1964

東海道新幹線・名神高速道路・首都高速道路が相次ぎ開通

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1964

東京オリンピック

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1964

中国が核実験に成功(米ソ英仏に次ぐ5番目の保有国)

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1964

第一次佐藤栄作内閣(自民党・鉄道官僚・自主路線)発足

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1964

林正之助の吉本興業が大阪千日前に西日本最大規模のボウリング場「吉本ボウル」を開設しボーリング・ブームに火をつける(1986年閉鎖)

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1965

日本初のカラーテレビアニメシリーズ『ジャングル大帝』(原作手塚治虫・制作虫プロダクション)放送開始、虫プロの版権部門を独立させ「虫プロ商事」設立、手塚治虫がニューヨーク世界博覧会でウォルト・ディズニーと初対面

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1965

電気冷蔵庫の世帯普及率が50%突破

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1966

東京落語系『笑点』のテレビ放送開始

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1966

『ウルトラマン』のテレビ放送開始

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1967

公害問題が深刻化し四大公害訴訟はじまる(水俣病・第二水俣病・四日市ぜんそく・イタイイタイ病)

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1967

欧州共同体(EC)発足

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1967

公害対策基本法施行

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1967

東南アジア諸国連合(ASEAN)発足

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1967

佐藤栄作首相が訪米しジョンソン大統領と「数年以内の沖縄返還」合意

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1968

佐藤栄作首相が「非核三原則」表明、沖縄返還で「核抜き・本土並み」を条件とする方針を示唆

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1968

全共闘運動が全国の大学に広がる

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1968

小笠原諸島が本土復帰

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1968

少年誌『週刊少年ジャンプ』・青年誌『ビッグコミック』『プレイコミック』創刊

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1968

日本のGDPがアメリカに次ぐ世界2位となる

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1969

東大安田講堂事件

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1969

林正之助の吉本興業がテレビ番組『ヤングおー!おー!』放送開始、笑福亭仁鶴、桂三枝、横山やすし・西川きよし、オール阪神・巨人、明石家さんま、桂文珍、月亭八方、島田紳助ら吉本芸人が全国区となり松竹芸能を駆逐

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1969

『週刊少年チャンピオン』創刊

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1969

アメリカNASAのアポロ11号が初の有人月面着陸に成功

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1969

テレビ番組『8時だョ!全員集合』放送開始

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1969

テレビアニメ『サザエさん』(長谷川町子原作)放送開始

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1969

御手洗毅のキヤノンが独占企業ゼロックスの特許を使わない複写機を開発しシェア急伸

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1969

冷戦のデタント時代(~1979)

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1970

日本万国博覧会が大阪で開催され万博史上最高6422万人の入場者数を記録

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1970

よど号ハイジャック事件

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1970

岡田卓也の岡田屋がフタギ・オカダヤチェーン・カワムラ・ジャスコを吸収合併し「ジャスコ株式会社」設立(→イオン)、三重県四日市から大阪市福島区へ本社移転

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1970

佐藤栄作内閣が日米新安保条約・地位協定の継続を選択

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1970

三島由紀夫が自衛隊市谷駐屯地で割腹自殺

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1970

吉本興業で林弘高が脳梗塞で半身不随となり兄の林正之助が社長復帰、中邨秀雄(のち社長)ら大坂吉本系が東京吉本系幹部を駆逐

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1970

電気洗濯機の世帯普及率が90%突破

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1970

対日貿易を中心にアメリカの貿易赤字が拡大

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1970

産業別労働人口:第一次産業19.3%・第二次34.0%・第三次46.6%

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1971

『仮面ライダー』(石ノ森章太郎原作)のテレビ放送開始

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1971

ソ連が初の宇宙ステーション・サリュート1号を打ち上げ(搭乗員は全員死亡)

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1971

林弘高が死去し吉本興業は再び林正之助の独裁となる

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1971

ニクソン米大統領が訪中宣言(ニクソン・ショック)、繊維問題の報復で日本は蚊帳の外

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1971

ニクソン米大統領がドル兌換停止宣言(ニクソン・ショック)、ブレトン・ウッズ体制(金本位制に基づく対ドル固定相場制)が崩壊し急激な円高が日本の輸出産業を直撃

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1971

安藤百福の日清食品が「カップヌードル」を発売しカップ麺ブームが始まる

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1971

大相撲の横綱大鵬が現役引退

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1971

ドル切下げにより1ドル360円から308円となる

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1971

電気冷蔵庫の世帯普及率が90%突破

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1972

札幌冬季オリンピック

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1972

連合赤軍あさま山荘事件

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1972

ニクソン訪中、繊維問題の報復で米国務省は「尖閣問題」の日本支持を修正

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1972

沖縄返還

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1972

田中角栄が「日本列島改造論」発表

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1972

第一次田中角栄内閣(自民党・土建業・自主路線)発足

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1972

「日本列島改造論」の田中角栄政権で高速道路・地方鉄道の建設ラッシュが始まる

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1972

中内功のダイエーが三越を抜き小売業売上高日本一を達成

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1972

田中角栄首相が訪中し日中国交正常化(台湾が日本に国交断絶を通告し台湾断交)、ニクソン・キッシンジャー米政権は激怒

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1972

カラーテレビの世帯普及率が50%突破

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1973

『仁義なき戦い』(深作欣二監督)上映

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1973

日本を含む各国が変動相場制へ移行し円急騰

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1973

藤子不二雄原作『ドラえもん』のテレビアニメ放送開始

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1973

第四次中東戦争、エジプト・シリア軍の先制攻撃にイスラエル軍が大苦戦

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1973

第一次オイルショック(狂乱物価と省エネブーム)で高度経済成長が終焉、田中角栄内閣の「日本列島改造」は挫折し福田赳夫の総需要抑制策へ転換

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1973

巨人が9年連続でセリーグと日本シリーズを制覇(V9)、王貞治は打率355(生涯最高)・本塁打51・打点114で悲願の三冠王となりシーズンMVP獲得

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1973

手塚治虫の虫プロ商事・虫プロダクション倒産、人気低迷のうえ多額の保証債務を抱えるが『週刊少年チャンピオン』連載の『ブラック・ジャック』・『週刊少年マガジン』連載の『三つ目がとおる』で復活

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1973

吉本興業で74歳の林正之助が会長に退き子飼の橋本鐵彦を社長に擁立

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1973

カラーテレビの世帯普及率が白黒テレビを突破

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1974

高校進学率が90%を突破し大学進学率は30%を超え更に上昇

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1974

鈴木敏文のヨークセブン(イトーヨーカ堂の子会社)が東京豊洲にセブン-イレブン1号店開業

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1974

ウォーターゲート事件でニクソンが米国史上初めて大統領辞任

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1974

立花隆が『文藝春秋』で「田中角栄研究 その人脈と金脈」を発表、アメリカと従米派による田中角栄下しが始まる

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1974

テレビアニメシリーズ『宇宙戦艦ヤマト』(松本零士原作)放送開始

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1974

巨人の連続日本一がV9で終わり長嶋茂雄が現役引退し川上哲治の後任監督に就任~生涯成績は打率305(首位打者6回)・本塁打444(本塁打王2回)・打点1522(打点王5回)・シーズンMVP5回、王貞治は三冠王とシーズンMVPを2年連続獲得

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1975

サイゴン陥落により共産軍勝利でベトナム戦争終結

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1975

中内功のダイエーが「ダイエーローソン株式会社」でCVSに参入し豊中市にローソン1号店開業

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1975

ビル・ゲイツがマイクロソフト創業

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1975

合計特殊出生率が急落し2.0割れ(2005年の1.26まで漸減)

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1975

広島カープがセリーグ初優勝(長嶋茂雄監督の巨人は最下位)

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1975

第1回先進国首脳会議(サミット)開催、米英仏日独伊が参加

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1975

カラーテレビの世帯普及率が90%突破

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1976

米上院チャーチ委員会でロッキード事件発覚

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1976

スティーブ・ジョブズがアップルコンピュータ設立

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1976

『ブロックくずし』のヒットでゲーム機普及が加速

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1976

田中角栄前首相がロッキード事件で逮捕される

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1976

毛沢東が死去し華国鋒が中国最高指導者を継承、四人組逮捕により文化大革命終結、四人組逮捕により文化大革命終結

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1976

福田赳夫内閣(自民党・財務官僚・自主路線)発足

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1976

戦後生れが総人口の過半を占める

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1977

日本赤軍が日航機をハイジャック、福田赳夫首相が身代金および赤軍メンバー釈放の要求に応じる

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1977

第10期3中全会で鄧小平が復活し中共中央の実権を掌握

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1977

吉本興業で林正之助会長のもと橋本鐵彦から八田竹男へ社長交代

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1977

「ビデオ戦争」で日本ビクター・松下電器産業(VHS方式)がソニー(ベータ方式)に勝利

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1977

日本人の平均寿命が男女共に世界一となる

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1978

A級戦犯の死刑者7人および獄中病死者5人が「国家のための殉難者」として靖国神社に合祀される

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1978

『未知との遭遇』『スター・ウォーズ』が日本で上映されSFブーム到来

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1978

三里塚闘争が掃討され成田国際空港開業

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1978

タイトーが『スペースインベーダー』(インベーダーゲーム)を発売し大ブームとなる

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1978

日中平和友好条約締結

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1978

第11期3中全会で鄧小平指導部が文革否定・改革開放路線決定

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1978

乗用車の世帯普及率が50%突破

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1979

テレビアニメ『機動戦士ガンダム』放送開始

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1979

『Japan as Number One: Lessons for America』(ジャパン・アズ・ナンバーワン)刊行

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1979

井深大のソニーがウォークマン(WALKMAN)を発売し世界中で革命的大ヒット

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1979

テレビドラマ『3年B組金八先生』で近藤真彦・田原俊彦・野村義男(たのきんトリオ)がデビューしジャニー喜多川・ジャニーズ事務所の黄金期が始まる

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1979

アフガニスタン紛争で米ソ衝突(~1989)、デタントが終焉し冷戦が激化

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1979

電電公社が世界で初めて車載電話の実用化に成功

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1980

林正之助の吉本興業がテレビ番組『花王名人劇場』『THE MANZAI』『お笑いスター誕生!!』で漫才ブームを巻起し東京吉本を再開しテレビ業界への影響力を高める

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1980

山内溥の任天堂が携帯ゲーム機「ゲーム&ウオッチ」を発売し大ヒット

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1980

岡田卓也のジャスコ(現イオン)がコンビニ「ミニストップ」を設立し横浜市大倉山に1号店開業

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1980

ナムコが『パックマン』を発売し世界的大ヒット

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1980

イラン・イラク戦争勃発(アメリカによるイラン叩き)(~1988)

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1980

巨人の王貞治が現役引退し助監督就任~生涯成績は打率301(首位打者5回)・本塁打868(本塁打王15回)・打点2170(打点王13回)・三冠王2回・シーズンMVP9回、3年連続V逸で長嶋茂雄から藤田元司へ監督交代

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1980

日本の自動車生産が1千万台を突破し米国を抜いて世界一

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1980

産業別労働人口:第一次産業10.9%・第二次33.6%・第三次55.4%

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1981

ロナルド・レーガン(共和党)が米大統領就任(~1989)~軍核戦争と富裕層減税で「双子の赤字」膨張、日本経済的視政策への転換

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1981

日本が対米乗用車輸出の自主規制開始(年間168万台からスタート)

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1981

テレビ番組『オレたちひょうきん族』放送開始

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1981

孫正義が福岡市に「ユニソン・ワールド」・東京に「日本ソフトバンク」設立(ソフトバンク創業)、家業のパチンコ店の全国展開を断念するが翌年ハドソンと契約しPCソフト卸売市場を独占、「Oh! PC」「Oh! MZ」でPC関連書籍出版に進出

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1982

林正之助の吉本興業が吉本総合芸能学院(NSC)開設(一期生にダウンタウン・ハイヒール・トミーズら)

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1982

東北新幹線・上越新幹線開業

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1982

『朝日新聞』の捏造記事により朝鮮人従軍慰安婦問題が始まる

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1982

テレビ番組『森田一義アワー 笑っていいとも!』放送開始

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1982

第一次中曽根康弘内閣(自民党・従米路線)発足

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1983

東京ディズニーランド開園

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1983

世論調査で「レジャー・余暇生活」が「今後の生活の力点」でトップとなる

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1983

山内溥の任天堂が「ファミリーコンピュータ」を発売し家庭用ゲーム機産業の嚆矢となる

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1983

ソ連空軍機が領空侵犯した大韓航空機を撃墜

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1983

ロッキード事件裁判で田中角栄元首相に懲役4年・追徴金5億円の有罪判決

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1984

グリコ・森永事件

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1984

宮崎駿監督の劇場アニメ映画『風の谷のナウシカ』上映、宮崎駿の個人事務所「二馬力」設立

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1985

ソ連でゴルバチョフが政権を掌握しペレストロイカ(再建)・グラスノスチ(情報公開)を断行

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1985

中曽根康弘政権下で日本電信電話公社が民営化されNTTグループ発足

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1985

中曽根康弘政権下で日本専売公社が民営化され日本たばこ産業株式会社 (JT) 発足

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1985

アメリカが通商法301条に基づき100%関税など日本製品への制裁を開始

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1985

女子差別撤廃条約批准のため男女雇用機会均等法成立

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1985

日航機墜落事故

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1985

山内溥の任天堂がゲームソフト『スーパーマリオブラザーズ』発売(2015年現在も任天堂の代表キャラに君臨)

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1985

プラザ合意(中曽根康弘内閣による円高容認)、1ドル240円から一気に円高が加速し日本経済の長期低迷と製造業の空洞化が始まる

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1985

65歳以上人口が10%突破(総人口1億2105万人)

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1985

エアコンの世帯普及率が50%突破

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1986

鳥山明原作『ドラゴンボール』のテレビアニメ放送開始

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1986

ソ連チェルノブイリ原子力発電所事故

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1986

エニックスがゲームソフト『ドラゴンクエスト』発売・『ドラゴンボール』の鳥山明がキャラクターデザインを担当

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1986

吉本興業で創業家と八田竹男ら経営陣の対立が深まり87歳の林正之助会長が社長復帰

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1986

「円高不況」打開のため積極的な金融・財政政策が採られ「バブル景気」が始まる

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1986

ODAが50億ドル突破・アジア向けが急増

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1987

中曽根康弘政権下で国鉄が分割民営化されJR各社発足

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1987

竹下登・金丸信が小沢一郎・小渕恵三・橋本龍太郎ら「竹下派七奉行」を従え田中角栄の派閥を乗取り「経世会」発足

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1987

ニューヨーク株式市場大暴落(ブラックマンデー)

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1987

竹下登内閣(自由民主党・自主路線)発足

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1987

大韓航空機爆破事件

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1987

スクウェアがゲームソフト『ファイナルファンタジー』発売

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1988

アメリカがスーパー301条により対日制裁を強化

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1988

青函トンネル開業

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1988

瀬戸大橋開通

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1988

朝日新聞報道によりリクルート事件発生

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1988

FRBが日本叩きのBIS規制を導入し(自己資本比率8%)邦銀が消極姿勢に転換

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1988

イラン・イラク戦争終結

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1989

昭和天皇が崩御し平成に改元

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1989

ジョージ・H・W・ブッシュ(共和党)が米大統領就任(~1993)~冷戦に代わる中東戦争演出と「バードンシェアリング(防衛責任の増強)」強要

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1989

「マンガの神様」手塚治虫死去

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1989

竹下登政権が初の消費税導入(3%)

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1989

山内溥の任天堂が携帯ゲーム機「ゲームボーイ」発売

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1989

高度経済成長を象徴する松下幸之助が死去(享年94)

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1989

日米構造協議(アメリカによる内政干渉)開始

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1989

三菱地所のロックフェラーセンター買収・ソニーのコロンビア映画買収でジャパンバッシングに拍車

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1989

アジア太平洋経済協力(APEC)発足

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1989

「ベルリンの壁」崩壊

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1989

H・W・ブッシュ米大統領とゴルバチョフソソ連書記長がマルタ会談で冷戦終結を宣言

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1989

バブル潰しの土地基本法成立

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1989

日経平均株価の終値最高値更新(38915.87円)

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1990

「土地関連融資抑制に関する行政指導(総量規制)」を機に一気に信用収縮へ向かう

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1990

ドイツ再統一

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1990

山内溥の任天堂が「スーパーファミコン」を発売し世界的ゲーム産業を創出

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1990

世界の金融機関総資産ランキングで邦銀7行がベスト10入り

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1990

産業別労働人口:第一次産業7.1%・第二次33.3%・第三次59.0%

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1991

「米国の死活的脅威」を問う世論調査で「日本の経済力」が断トツ1位に

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1991

湾岸戦争勃発(ソ連に代わる新しい敵・増長したフセインの粛清)、日本は130億ドルの資金協力、米ドル乱発による超円高時代はじまる

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1991

バブル崩壊(「失われた10年」)

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1991

バブル潰しの金融証券不祥事摘発はじまる

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1991

林正之助が吉本興業社長のまま死去し(享年92)中邨秀雄が社長を継ぐが創業家との泥仕合が始まる

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Kouyuuroku

吉本せい

姉・吉本興業創業者

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吉本吉兵衛

姉婿・吉本興業創業者

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吉本穎右

早世したせいの一人息子

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笠置シヅ子

穎右の内妻

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吉本喜代子

せいの娘

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林弘高

弟・吉本興業社長

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林英之

弘高の子・持株会社大成土地社長

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林マサ

暴走した娘

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林裕章

娘婿

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林正樹

お家騒動の原因となった摘孫

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橋本鐵彦

吉本興業社長

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八田竹男

吉本興業社長

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中邨秀雄

吉本興業社長

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吉野伊佐男

吉本興業社長

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大崎洋

吉本興業社長

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秋田實

漫才作者

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木村政雄

東京吉本の再建者

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冨井善則

吉本興業NSC初代校長

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岡田政太郎

上方演芸界の親分

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田岡一雄

偉大なドン

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桂春団治

最初のお抱えスター

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横山エンタツ

戦前吉本興業の5大スター

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花菱アチャコ

戦前吉本興業の5大スター

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柳家金語楼

戦前吉本興業の5大スター

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柳家三亀松

戦前吉本興業の5大スター

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川田義雄

戦前吉本興業の5大スター

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秋田Aスケ・Bスケ

お抱え芸人

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芦乃家雁玉・林田十郎

お抱え芸人

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ミヤコ蝶々

お抱え芸人

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東海林太郎

東京吉本の流行歌手

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あきれたぼういず

東京吉本の人気ユニット

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サトウ・ハチロー

東京吉本の脚本家

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江利チエミ

東京吉本の流行歌手

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力道山

東京吉本のプロレススター

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新田新作

プロレス興業仲間

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永田貞雄

プロレス興業仲間

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トニー谷

東京芸人

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由利徹

東京芸人

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白木みのる

吉本新喜劇の初代スター

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笑福亭仁鶴

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桂三枝

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横山やすし

テレビ芸人

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西川きよし

国会議員となったテレビ芸人

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オール阪神・巨人

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明石家さんま

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桂文珍

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月亭八方

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横山ノック

大阪府知事となったテレビ芸人

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中田カウス

裏処理役の怪芸人

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島田紳助

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島田洋七

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ザ・ぼんち

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西川のりお

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太平サブロー・シロー

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今いくよ・くるよ

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ダウンタウン

NSC卒業生のドル箱芸人

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トミーズ

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ハイヒール

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今田耕司

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雨上り決死隊

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ナインティナイン

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澤田隆治

漫才ブームの仕掛け人

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横澤彪

漫才ブームの仕掛け人

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中島銀兵

漫才ブームの功労者

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磯野勉

漫才ブームのライバル・太田プロダクション創業者

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大谷竹次郎

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白井松次郎

宿敵松竹の創業者

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白井信太郎

松竹系新興キネマの宿敵

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永田雅一

大映のラッパ社長

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小林一三

東宝創業者

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小林冨佐雄

小林一三の長男・東宝の後継社長

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松岡辰郎

小林一三の次男・東宝の後継社長

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松岡功

松岡辰郎の跡取り息子

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山崎豊子

『花のれん』著者

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ジャニー喜多川

ジャニーズ事務所創業者

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手塚治虫

エンタメ界の巨人

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藤子不二雄

エンタメ界の巨人

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鳥山明

エンタメ界の巨人

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宮崎駿

エンタメ界の巨人

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