04 andoumomofuku

あんどう ももふく

安藤 百福

1910年~2007年

60

台湾から帰化し事業失敗で破産するも48歳で「日清食品」を興し「チキンラーメン」「カップヌードル」で躍進、テレビCMと特許戦略で即席麺・カップ麺の同質競争を制したプロモーションの達人

同じ時代の人物

Sunhyou

基礎点

60

安藤百福は日本統治下の台湾出身で、繊維問屋の祖父母に育てられ22歳で繊維商社を興し大坂へ移住し帰化したというが、前半生は不詳である。安藤百福は大阪大空襲で「日東商会」を失ったが、戦後「第三国人」らしく闇商売に手を染めたと思われ、製塩業も興し脱税容疑でGHQに捕まるほど稼いだらしい。が、安藤百福は脱混乱期に乗遅れ1957年理事長を務める信用組合が倒産し(名義貸しと弁明)48歳で無一文に転落した。再起を期す安藤百福は黎明期の即席麺に注目し、テンプラから「瞬間油熱乾燥法」を着想し1958年「チキンラーメン」発売、翌年テレビCMを開始し資本金の10倍を超す年間放映料を注込み「日清食品」と高槻工場を立上げた。即席麺開発は1953年頃始まり「ベビースターラーメン」が先行していたが、チキンラーメンの大ヒットに触発され数百社が乱立するブームが沸起り「チャルメラ」の明星食品・「サッポロ一番」のサンヨー食品・「マルちゃん」の東洋水産らも相次いで参入した。利に聡い安藤百福は逸早く即席麺の製法特許を押さえ粗製乱造品を駆逐、1963年株式上場で資本力を増し更なる広告攻勢で過当競争を制圧した。競争の焦点がカップ麺へ移ると、日清食品は中身が傷まない「宙吊り法」で商品化に成功し1971年「カップヌードル」発売、翌年初の「あさま山荘事件」で機動隊員がカップヌードルを食べる姿がテレビ放映され人気爆発、安藤百福はカップ麺工場を全国展開し業容を急拡大させた。首位の座を固めた日清食品はライバルと競いつつうどん・そば・焼きそばへ手を拡げ「ドン兵衛」「U.F.O.」「ラ王」など不朽の定番品を送出、安藤百福は長男に社長を譲るも追放し1985年次男の安藤宏基を社長に据えたが(2015年現任)2005年まで取締役に留まり退任2年後に96歳で永眠した。晩年の安藤百福は即席麺・カップ麺の「発明」に拘り「インスタントラーメン発明記念館」や財団活動で自己宣伝に努めたが、実質はテレビCMと特許戦略で同質競争を制したプロモーションの先覚者であった。日本発祥の即席麺はアジアから世界へ広がり2012年1千億食に到達した(中国が約半数、日本は54億食で3位)。

Shijitsu

1910

日本統治下の台湾嘉義県朴子市に安藤百福が出生し(台湾名不明)台南市で繊維問屋を営む祖父母に養育される

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1910

伊藤博文暗殺を機に軍部・対外硬派が韓国併合を断行、韓国統監府を朝鮮総督府に改組し軍政を敷くが民生向上により義兵運動は沈静化

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1910

鮎川義介が大叔父井上馨の援助により戸畑鋳物株式会社(日立金属の前身)設立

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1910

小平浪平が久原房之助の出資を得て日立鉱山傘下に日立製作所創業

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1911

不平等条約改正で完全平等達成(関税自主権の完全回復)

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1911

出光佐三が北九州市に出光商会を設立し日本石油特約店として機械油小売業を開始(出光興産創業)

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1912

孫文ら辛亥革命が南京に中華民国を樹立し北洋軍閥・袁世凱の反旗で清朝滅亡

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1912

明治天皇が崩御し大正天皇が即位

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1914

第一次世界大戦勃発、世界的物資不足のなか日本は特需景気を満喫

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1915

大隈重信内閣が袁世凱政府に「対華21カ条要求」を突きつける

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1918

松下幸之助が大阪市福島区大開で義弟の井植歳男らと松下電気器具製作所(パナソニック)を創業し改良ソケットで成長

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1918

インフレ進行で小作争議が蔓延し「米騒動」で寺内正毅内閣退陣

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1918

第一次世界大戦終結

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1919

パリ講和会議・ベルサイユ条約で第一次世界大戦の講和成立(日本全権は西園寺公望・牧野伸顕)

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1920

国際連盟が発足し日本は英仏伊と共に常任理事国に列す

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1920

鮎川義介が久原財閥を承継し日産コンツェルンを形成

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1920

日本が初めて債権国となる

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1923

石橋正二郎の日本足袋がゴム底「アサヒ地下足袋」を発売し作業現場の定番品となる

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1923

関東大震災

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1924

早川徳次が大阪阿倍野に早川金属工業研究所を設立(シャープ創業)、国産初の安価な鉱石ラジオで急成長

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1925

東京放送局がラジオ放送開始

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1927

片岡直温蔵相の失言により金融恐慌が発生

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1927

高橋是清蔵相が金融恐慌を沈静化、高橋は蔵相を依願退職

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1928

蒋介石の国民革命軍が張作霖(日本の傀儡)の北京政府を打倒し北伐完了

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1928

張作霖爆殺事件(満州某重大事件)、陸軍中堅幕僚の暴走が始まる

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1928

張学良が奉天軍閥を承継、関東軍と対立し「満州問題」が深刻化

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1928

八木秀次東北帝大教授がテレビアンテナの原型「八木アンテナ」を開発、日本では理解されないが欧米の軍隊で採用が進む

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1929

東京石川島造船所(現IHI)から石川島自動車製造所(現いすゞ自動車)が独立

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1929

トーキー映画が日本上陸し映画産業が興隆

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1929

軍部や松岡洋右満鉄副総裁の扇動で「満蒙生命線論」が興隆

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1929

世界恐慌始まる、軍需主導で日本経済は1934年に回復

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1929

農産物価格が暴落し農家が大打撃を受ける

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1930

金解禁(金本位制復帰)

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1931

石橋正二郎が久留米市にブリッヂストンタイヤ株式会社(現ブリヂストン)設立

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1931

関東軍参謀の石原莞爾・板垣征四郎らが柳条湖事件を起し満州事変勃発

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1931

朝鮮駐留軍の林銑十郎司令官が独断で越境増援、若槻禮次郞内閣が追認

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1931

軍事費の急増が始まる

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1931

新聞各紙の満州事変礼賛報道で好戦ムードが蔓延

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1931

若槻禮次郞内閣が満州国建国方針を決定

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1932

関東軍が満州全域を制圧

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1932

満州国建国

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1932

五・一五事件~海軍将校が武装蜂起し犬養毅首相を殺害(享年77)政党内閣が終焉

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1932

安藤百福が父の遺産を元手に台湾に繊維商社「東洋メリヤス」設立

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1932

満州事変後の軍拡で重工業生産が急拡大し景気がV字回復

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1933

松岡洋右首席全権が国際連盟総会で脱退劇を演じ斎藤実政府は満州撤退勧告を拒否

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1933

鮎川義介が自動車製造株式会社を設立しダットサンの製造開始(翌年日産自動車へ改称)

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1933

豊田喜一郎が豊田自動織機製作所内に自動車製作部門創設(トヨタ自動車創業)

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1933

安藤百福が台湾から大阪へ移住し「日東商会」設立、日台繊維貿易で成功し光学機器・精密機械・飛行機部品へ手を拡げつつ立命館大学夜間部に就学

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1934

満鉄あじあ号が運行開始

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1934

日本経済が世界恐慌前の水準に回復、軍需主導で更なる高度成長が続く

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1936

二・二六事件

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1936

広田弘毅内閣(外務官僚)発足~軍国主義化が一気に加速

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1936

日独防共協定調印

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1936

広田弘毅内閣が「北守南進政策」を決定

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1936

ワシントン・ロンドン海軍軍縮条約廃棄

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1937

第一次近衛文麿内閣(公家・外相広田弘毅)発足~亡国の貴公子登場

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1937

盧溝橋事件で日中戦争が始まる

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1937

日中戦争不拡大を説く石原莞爾が失脚し華北分離を主張する武藤章・田中新一ら統制派が陸軍中央を掌握

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1937

近衛文麿内閣の増派決定で日中戦争拡大

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1937

第二次国共合作成立

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1937

鮎川義介が石原莞爾ら陸軍の要請に応じ満州重工業開発株式会社を設立し日産の重工業部門を満州へ移転

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1937

機械系輸出で自転車・自動車関連が躍進

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1938

近衛文麿首相が「国民政府を対手とせず」と発表(第一次近衛声明)

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1938

国家総動員法公布~軍国主義化の決定打

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1938

近衛文麿首相が「東亜新秩序声明」~欧米を激しく挑発

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1939

米穀配給統制法公布、生活物資の配給制が始まる

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1939

ノモンハン事件勃発

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1939

天津事件、アメリカが日米通商航海条約破棄を通告

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1939

独ソ不可侵条約調印

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1939

ドイツ軍がポーランド侵攻、英仏が独に宣戦布告し第二次世界大戦勃発

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1940

第二次近衛文麿内閣(公家)発足(松岡洋右外相・東條英機陸相)

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1940

アメリカが対日屑鉄輸出を全面禁止、ABCD包囲網による経済封鎖が本格化

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1940

近衛文麿内閣が日独伊三国同盟を決定し英米が正面敵となる

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1940

日本軍が北部仏領インドシナへ進駐し南進政策始動

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1940

近衛文麿首相が大政翼賛会を結成し総裁就任

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1941

松岡洋右外相がスターリンを訪問し電撃的に日ソ中立条約調印

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1941

独ソ戦開戦

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1941

第三次近衛文麿内閣(公家)発足、松岡洋右外相を放逐

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1941

関東軍特種演習~対ソ連開戦に備えた関東軍増強

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1941

南部仏領インドシナ進駐開始

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1941

アメリカが対日石油輸出全面禁止

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1941

御前会議で「帝国国策遂行要領」を定め対米開戦決意

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1941

東條英機内閣(陸軍)発足

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1941

アメリカの最後通牒(ハル・ノート)で日米交渉が決裂し御前会議で対米開戦決定

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1941

日本海軍の真珠湾攻撃・陸軍のマレー侵攻で太平洋戦争勃発

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1942

日本軍が香港・マニラ・シンガポールを攻略

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1942

日本軍がインドネシア全域を占領し石油供給源を獲得(シーレーン断絶で宝の持ち腐れとなる)

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1942

ミッドウェー海戦で日本海軍大敗

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1942

鮎川義介が満州重工業開発総裁を辞任し日産コンツェルンは満州から全面撤退

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1943

日本軍がソロモン沖海戦で敗北しガダルカナル島撤退

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1943

ムッソリーニのイタリアが早々に連合国に降伏

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1943

米英中が「カイロ宣言」発表

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1944

マリアナ沖海戦敗北・サイパン島陥落で日本の敗戦が決定的となる

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1944

小磯國昭内閣(陸軍)発足

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1944

ブレトン・ウッズ協定、金本位制に基づく対ドル固定相場制の導入

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1944

村田昭が村田製作所を創業し「三菱電機伊丹製作所協力工場」として軍需品チタンコンデンサの製造開始

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1944

小磯國昭内閣が徴兵年齢を拡大し「根こそぎ動員」

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1944

レイテ沖海戦で日本海軍が壊滅し南方補給路が断絶(伏見宮博恭王元帥の示唆で「特攻作戦」始動)

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1945

米英ソがヤルタ会談(ソ連の対日参戦を秘密合意)

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1945

陸海軍統帥部が「本土決戦完遂基本要綱」を決定

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1945

東京大空襲はじめ米軍の空爆で全国主要都市が焼け野原と化す

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1945

大阪大空襲で安藤百福は日東商会の事務所・工場を焼失

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1945

硫黄島陥落で日本軍は本土制空権も完全喪失

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1945

沖縄戦が始まる

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1945

ソ連が日ソ中立条約廃棄を通告

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1945

鈴木貫太郎内閣(海軍)発足

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1945

ドイツが連合国に降伏

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1945

連合国がポツダム宣言発表

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1945

トルーマンが広島に原子爆弾投下

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1945

ソ連が日ソ中立条約を破り満州・樺太・朝鮮へ侵攻

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1945

トルーマンが長崎に原子爆弾投下

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1945

日本がポツダム宣言に基づく降伏を通告

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1945

玉音放送

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1945

全国都市部に闇市が勃興(新宿・小津組、浅草・芝田組、池袋・関口組、銀座・上田組、新橋・松田組・・・)

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1945

安藤百福が台湾国籍選択で資産を保全し生活物資販売で事業再開(のち安藤仁子との結婚を機に日本に帰化)

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1945

東久邇宮稔彦王首相の「一億総懺悔」発言で敗戦原因究明がうやむやとなる

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1945

マッカーサー連合軍最高司令官が着任し連合軍進駐開始

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1945

日本代表の重光葵外相が降伏文書に調印し第二次世界大戦終結、ソ連は満州侵略を止めず北朝鮮まで制圧

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1945

GHQが言論統制を発動し民間検閲支隊による徹底的な検閲を開始

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1945

GHQが東條英機を逮捕し戦犯狩り始動

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1945

GHQが自主路線の重光葵外相を更迭し超従米路線の吉田茂に外相交代

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1945

米国務省が「降伏後における米国の初期対日方針」決定

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1945

御手洗毅の精機光学工業(キヤノン)が海軍等技術者を招聘し高級カメラ製作で事業再開(戦災で焼失した産科医院は再建断念)、進駐軍将校相手に盛況を呈す

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1945

連合軍総司令部(GHQ)による間接統治開始(~1952)

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1945

GHQが五大改革指令

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1945

マッカーサーが日本軍の武装解体完了を宣言

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1945

国際連合発足

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1945

GHQの委任により中華民国軍が台湾を実効支配

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1945

雑誌の創刊・復刊ブーム

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1945

GHQが財閥解体指令

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1945

陸軍省・海軍省が復員省に改組され700万人以上の復員軍人を処理

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1945

衆議院議員選挙法改定(婦人参政権容認)、「GHQ解散」

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1946

天皇の「人間宣言」(神格否定の詔書公表)

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1946

GHQが公職追放を発動し軍関係者を中心に約21万人が遭難(1951年解除)

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1946

インフレ抑制のため預金封鎖・新円切替を断行

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1946

GHQ指令に基づき労働組合法公布

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1946

国際通貨基金(IMF)発足

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1946

新選挙法による初の衆議院総選挙で鳩山一郎の自由党が勝利(初の女性議員39名が誕生)

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1946

GHQが持株会社整理委員会を設置し財閥解体を本格化

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1946

親米派財界人により経済同友会発足

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1946

極東国際軍事裁判(東京裁判)開始(~1948)

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1946

井深大・盛田昭夫が東京日本橋に東京通信工業設立(ソニー創業)

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1946

GHQが自主路線の鳩山一郎を公職追放し第一党自由党の後継総裁に吉田茂が就任

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1946

第一次吉田茂内閣(自由党・外務官僚・従米路線の祖)発足、吉田茂が外相兼任

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1946

経済安定本部(安本)・物価庁設置

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1946

復興金融公庫法・戦時保障特別措置法成立

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1946

吉田茂内閣がGHQ指令に従い破壊的改革を強いる第二次農地改革法を制定

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1946

本田宗一郎が浜松市に本田技術研究所を設立し原動機付自転車「バタバタ」が大ヒット(本田技研工業創業)

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1946

吉田茂首相がGHQ作成「押付け憲法」を押通し日本国憲法公布

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1946

吉田茂内閣で「戦後処理費(米軍駐留経費)」が膨張し一般歳出の32%を占める

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1946

吉田茂内閣が閣議で鉄鋼・石炭の「傾斜生産方式」採用を決定

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1946

安藤百福が泉大津市の旧大砲試験場跡地の払下げを受け製塩業を開始、脱税容疑でGHQに逮捕されるが赦免

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1947

手塚治虫(大坂医専学生)の長編漫画単行本『新寳島』が累計40万部の大ヒットで「赤本」ブームを巻起す(戦後ストーリー漫画の原点)

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1947

マッカーサー元帥の「2・1ゼネスト」中止声明で労働組合運動が沈静化

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1947

井植歳男が松下電器からの暖簾分けで三洋電機製作所(三洋電機)創業

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1947

GHQにより独占禁止法制定

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1947

GHQ作成日本国憲法施行

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1947

石油配給公団発足に伴い出光興産が販売店指定を獲得し石油業界に復帰(出光商会を吸収合併)

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1947

過度経済力集中排除法(財閥解体の施行細則)施行

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1947

民法改正(夫婦平等・戸主権や長子相続権の廃止・自由結婚など)

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1947

村田昭の村田製作所が田中哲郎京大助教授と共同で主力製品セラミックコンデンサの基礎となるチタン酸バリウム磁器素体の開発に成功

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1948

安藤百福が泉大津市に「中交総社」設立(サンシー殖産へ改称、休眠状態のまま10年後に日清食品の受皿となる)

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1948

GHQ参謀第2部が民政局を打倒し第二次吉田茂内閣(民主自由党・外務官僚・従米路線の祖)発足、吉田茂が外相兼任

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1948

米政府が「国家安全保障会議文書」において日本経済の破壊から復興への180度戦略転換を確定

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1948

GHQが日本解体方針を緩和し「経済安定九原則」発表

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1948

東條英機(享年63)らA級戦犯7名の死刑執行、他の戦犯容疑者は釈放

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1949

米軍が日本の再軍備方針を決定

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1949

ドッジ・ライン(GHQによる超緊縮財政政策)が深刻な反動デフレを引起し日本産業界は壊滅に瀕す

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1949

GHQが1ドル=360円の単一為替レートを設定

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1949

ドッジ・ラインに基づく国鉄人員整理発表、下山事件・三鷹事件・松川事件

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1949

シャウプ勧告(税制改革指令)

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1949

ソ連の核実験成功で東西冷戦が本格化

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1949

湯川秀樹が「中間子の存在の予想」で日本人初のノーベル物理学賞受賞

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1949

蒋介石の国民政府が台湾台北に移転

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1950

ドッジ・ライン恐慌が深刻化、池田勇人蔵相は「中小企業の一部倒産やむなし」と発言

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1950

朝鮮戦争勃発、米軍の特需で日本経済は蘇生しアメリカは破壊から復興へ対日政策を転換

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1950

GHQと反共の吉田茂首相がレッド・パージを開始し約1万2千人を公職追放(逆コース)

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1950

GHQ指令を受け吉田茂政府が国家警察予備隊(自衛隊)創設

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1950

池田勇人蔵相が「貧乏人は麦を食え」発言

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1950

産業別労働人口:第一次産業48,5%・第二次21.8%・第三次29.6%

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1951

公職追放解除

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1951

ブリヂストンタイヤが米グッドイヤー社と技術導入契約を締結(1979年解消)

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1952

サンフランシスコ講和条約・日米安保条約・行政協定が発効、GHQは廃止され日本は独立を達成

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1952

血のメーデー事件(2人射殺・逮捕者1230人)

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1952

財閥解体の緩和が進み三井生命保険・住友銀行など財閥商号も復活

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1952

東京都内のジーンズショップが100店を超える

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1952

池田勇人通産相が「中小企業の倒産・自殺やむなし」の失言で引責辞任

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1952

本田宗一郎の本田技研工業が小型バイク「カブ」を発売し大ヒット

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1953

早川徳次の早川電機工業(シャープ)が国産初の白黒テレビ発売

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1953

テレビ放送開始

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1953

出光佐三の出光興産「日章丸二世」が英国海軍の監視をかわしイランから原油搬入、BPが積荷の所有権を主張するが東京地裁で出光興産の勝訴決定(日章丸事件)

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1953

朝鮮戦争休戦、反動需要減に日銀の金融引き締めが拍車をかけ長期不況に陥る

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1953

村田製麺所(都一)の村田良雄が屈曲麺製法の特許を取得し即席麺開発が始まる

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1953

林正之助・林弘高の吉本興業が力道山(元大相撲関脇)を迎え日本プロレス協会(日本プロレスリング興業株式会社)設立、テレビ放送でプロレス・ブーム到来(1957年人気低落に伴い吉本興業は撤退)

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1954

集団就職列車はじまる(~1975)

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1954

朝日新聞が「国民所得戦前水準を抜く/消費増で国際収支赤字」と報道

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1954

第一次鳩山一郎内閣(民主党・党人派・自主路線)発足、重光葵が外相兼副総理就任

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1954

高度経済成長はじまる(~1973)

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1955

井深大の東京通信工業(ソニー)が国産初のトランジスタラジオを発売し商標「SONY」で世界的大ヒット

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1955

日本がGATT(関税及び貿易に関する一般協定)加盟

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1955

保守合同で自由民主党(鳩山一郎総裁・岸信介幹事長、衆院299議席・参院69議席)が発足し「55年体制」開始

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1955

松田産業(おやつカンパニー)が即席麺「味付中華めん」で失敗するが再商品「ベビースターラーメン」がヒット

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1956

鳩山一郎政府が経済白書に「もはや戦後ではない」と記し戦後復興完了を宣言

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1956

日本・フィリピン国交回復(賠償金1980億円・借款900億円)

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1956

自主路線の鳩山一郎内閣が日ソ国交回復を達成

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1956

日ソ国交回復を受け国際連合が日本の加盟を承認、重光葵外相の国連総会演説が賞賛される

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1956

石橋湛山内閣(自民党・言論人・自主路線)発足、岸信介が外務大臣就任

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1956

公団住宅の供給がはじまる

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1957

第一次岸信介内閣(自民党・経済官僚・自主路線)発足、岸信介が外務大臣兼任(藤山愛一郎と途中交代)

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1957

欧州経済共同体(EEC)発足

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1957

岸信介が首相として初めてビルマ・インド・インドネシア・パキスタン・セイロン・タイ・台湾を歴訪

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1957

岸信介首相が「外交三原則」でアジア重視の外交方針を宣言

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1957

中内功が末弟の中内力と大阪千林駅前に「主婦の店ダイエー薬局店」開業(ダイエー創業)

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1957

電力9社と電源開発の出資により日本原子力発電株式会社設立

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1957

安藤百福が理事長を務める信用組合が破産し借金取りに追われ無一文となる

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1958

日本・インドネシア国交回復(賠償金803億円・無償供与636億円・借款1440億円)

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1958

安藤百福が即席麺「チキンラーメン」を発売しテレビCMで大ヒット(日清食品創業)

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1958

東京タワー開業

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1958

全学連・社会党・総評が岸信介政権を攻撃し「安保闘争」が過熱

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1958

毛沢東が台湾侵攻を図るが米軍の抵抗で断念(台湾海峡クライシス)

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1959

『週刊少年マガジン』『週刊少年サンデー』創刊

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1959

稲盛和夫がファインセラミックス専門メーカー「京都セラミック」設立(京セラ創業)

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1959

三井三池争議、「総資本対総労働の対決」に組合側敗北

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1959

安藤百福の日清食品が高槻工場開設

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1960

日本・ベトナム国交回復(賠償金140億円・借款59億円)

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1960

日米新安保条約・地位協定発効

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1960

東芝が国産第1号のカラーテレビ発売

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1960

第一次池田勇人内閣(自民党・財務官僚・従米路線)発足

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1960

石油輸出国機構 (OPEC) 設立

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1960

池田勇人内閣が「所得倍増計画」を閣議決定

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1960

ベトナム戦争勃発(~1975)、韓国などアジア諸国が派兵するなか池田勇人政府は軍事協力を拒否

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1960

産業別労働人口:第一次産業32.7%・第二次29.1%・第三次38.2%

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1961

アイゼンハワー米大統領が退任演説で「軍産複合体」の危険性を警告

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1961

高原慶一朗が愛媛県川之江市(現四国中央市)に建材加工の大成化工を設立し2年後生理用ナプキンの生産開始(ユニ・チャーム創業)

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1961

日本経済団体連合会(経団連)発足

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1961

明星食品が世界初のカップ麺「明星叉焼麺」を試験販売するが容器耐久性の不備で商品化に至らず

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1961

「サッポロ一番」のサンヨー食品が即席麺事業開始

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1961

電気洗濯機の世帯普及率が50%突破

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1962

キューバ危機、フルシチョフ首相のミサイル撤去決断により核戦争回避

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1962

池田勇人首相が欧州7ヶ国を歴訪しGATT35条撤回およびOECD加盟の交渉が前進

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1962

池田勇人内閣が米政府の反対を押切り中国と「LT貿易」合意

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1962

「マルちゃん」ブランドの東洋水産が即席麺事業開始

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1962

安藤百福の日清食品が「瞬間油熱乾燥法」など即席麺の製法特許取得

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1963

日本初のテレビアニメシリーズ『鉄腕アトム』(原作手塚治虫・制作虫プロダクション)放送開始

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1963

日本がGATT11条国へ移行(GATT35条適用撤廃、為替・貿易原則自由化)

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1963

『花の生涯』でNHK大河ドラマが始まる

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1963

安藤百福の日清食品が「日清焼そば」発売

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1963

本田宗一郎の本田技研工業が軽トラックを発売し四輪車事業に参入

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1963

安藤百福の日清食品が東証2部・大証2部に株式上場

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1963

日本ラーメン工業協会発足、安藤百福の日清食品が即席麺関連特許の使用許諾

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1963

キヤノンカメラが世界初のオートフォーカス「キャノンAFカメラ」発売、世界市場でドイツ勢・ライカを凌駕

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1964

日本がIMF8条国へ移行(為替取引制限撤廃)

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1964

日本人の海外旅行自由化(IMF・OECD加盟による)

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1964

ニチメン・三和銀行ら3商社5銀行が共同出資で大阪市堂島にオリエント・リースを設立し米国直輸入でリース業開始(オリックス創業)、初代社長はニチメンの福井慶三社長が兼務し社員の宮内義彦らが出向

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1964

日本が経済協力開発機構(OECD)加盟

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1964

米軍の謀略でトンキン湾事件発生、北爆によりベトナム戦争激化

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1964

IMF・世界銀行東京総会

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1964

東海道新幹線・名神高速道路・首都高速道路が相次ぎ開通

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1964

東京オリンピック

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1964

中国が核実験に成功(米ソ英仏に次ぐ5番目の保有国)

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1964

第一次佐藤栄作内閣(自民党・鉄道官僚・自主路線)発足

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1964

安藤百福の日清食品が類似品の食中毒発生を受け製造年月日記入を開始

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1965

日韓基本条約調印

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1965

李光耀のシンガポールがマレーシアから独立

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1965

インドネシアでクーデター未遂事件(9月30日事件)、スカルノ大統領が失脚しスハルトが政権奪取

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1965

日本初のカラーテレビアニメシリーズ『ジャングル大帝』(原作手塚治虫・制作虫プロダクション)放送開始、虫プロの版権部門を独立させ「虫プロ商事」設立、手塚治虫がニューヨーク世界博覧会でウォルト・ディズニーと初対面

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1965

日本・ビルマ(ミャンマー)国交回復(賠償金1224億円)

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1965

日韓国交回復(無償供与1080億円・借款720億円・民間借款1080億円超)

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1965

安藤百福の日清食品が横浜工場開設

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1965

電気冷蔵庫の世帯普及率が50%突破

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1966

サンヨー食品が即席麺「サッポロ一番」シリーズ発売

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1966

明星食品が即席麺「明星チャルメラ」発売

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1966

『ウルトラマン』のテレビ放送開始

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1966

安藤百福が欧米視察旅行

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1966

日産自動車が経営難のプリンス自動車工業を吸収合併

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1967

公害問題が深刻化し四大公害訴訟はじまる(水俣病・第二水俣病・四日市ぜんそく・イタイイタイ病)

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1967

欧州共同体(EC)発足

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1967

公害対策基本法施行

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1967

東南アジア諸国連合(ASEAN)発足

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1968

全共闘運動が全国の大学に広がる

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1968

少年誌『週刊少年ジャンプ』・青年誌『ビッグコミック』『プレイコミック』創刊

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1968

インテル設立

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1968

安藤百福の日清食品が「出前一丁」発売

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1968

日本のGDPがアメリカに次ぐ世界2位となる

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1969

『週刊少年チャンピオン』創刊

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1969

テレビアニメ『サザエさん』(長谷川町子原作)放送開始

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1969

ウォルマート設立

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1969

佐藤栄作首相とニクソン米大統領が沖縄返還を基本合意、核兵器持込み容認と日本の繊維輸出自主規制を密約

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1969

御手洗毅のキヤノンが独占企業ゼロックスの特許を使わない複写機を開発しシェア急伸

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1969

冷戦のデタント時代(~1979)

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1970

日本万国博覧会が大阪で開催され万博史上最高6422万人の入場者数を記録

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1970

岡田卓也の岡田屋がフタギ・オカダヤチェーン・カワムラ・ジャスコを吸収合併し「ジャスコ株式会社」設立(→イオン)、三重県四日市から大阪市福島区へ本社移転

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1970

佐藤栄作内閣が日米新安保条約・地位協定の継続を選択

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1970

電気洗濯機の世帯普及率が90%突破

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1970

対日貿易を中心にアメリカの貿易赤字が拡大

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1970

安藤百福の日清食品が米国現地法人設立

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1970

産業別労働人口:第一次産業19.3%・第二次34.0%・第三次46.6%

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1971

『仮面ライダー』(石ノ森章太郎原作)のテレビ放送開始

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1971

環境庁発足

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1971

ニクソン米大統領が訪中宣言(ニクソン・ショック)、繊維問題の報復で日本は蚊帳の外

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1971

ニクソン米大統領がドル兌換停止宣言(ニクソン・ショック)、ブレトン・ウッズ体制(金本位制に基づく対ドル固定相場制)が崩壊し急激な円高が日本の輸出産業を直撃

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1971

安藤百福の日清食品が「カップヌードル」を発売しカップ麺ブームが始まる

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1971

安藤百福の日清食品が日本各地に工場を展開(茨城・滋賀・下関・静岡)

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1971

アメリカの支持により中国が国際連合に加盟(台湾中華民国は脱退)

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1971

ドル切下げにより1ドル360円から308円となる

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1971

電気冷蔵庫の世帯普及率が90%突破

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1972

札幌冬季オリンピック

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1972

連合赤軍あさま山荘事件、日清食品「カップヌードル」を食べる機動隊員がテレビ放映され人気爆発、安藤百福はテレビCMに一層注力

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1972

ニクソン訪中、繊維問題の報復で米国務省は「尖閣問題」の日本支持を修正

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1972

沖縄返還

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1972

富士通で稲葉清右衛門が計算制御部を分社化して「富士通ファナック」を設立し専務取締役就任(ファナック創業)

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1972

田中角栄が「日本列島改造論」発表

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1972

第一次田中角栄内閣(自民党・土建業・自主路線)発足

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1972

「日本列島改造論」の田中角栄政権で高速道路・地方鉄道の建設ラッシュが始まる

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1972

中内功のダイエーが三越を抜き小売業売上高日本一を達成

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1972

田中角栄首相が訪中し日中国交正常化(台湾が日本に国交断絶を通告し台湾断交)、ニクソン・キッシンジャー米政権は激怒

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1972

カラーテレビの世帯普及率が50%突破

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1973

『仁義なき戦い』(深作欣二監督)上映

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1973

日本を含む各国が変動相場制へ移行し円急騰

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1973

鈴木修常務の鈴木自動車工業(スズキ)が軽自動車販売で日本一となる(~2006)

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1973

藤子不二雄原作『ドラえもん』のテレビアニメ放送開始

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1973

永守重信が京都市で日本電産を創業し精密小型モーター製造開始

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1973

第四次中東戦争、エジプト・シリア軍の先制攻撃にイスラエル軍が大苦戦

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1973

第一次オイルショック(狂乱物価と省エネブーム)で高度経済成長が終焉、田中角栄内閣の「日本列島改造」は挫折し福田赳夫の総需要抑制策へ転換

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1973

巨人が9年連続でセリーグと日本シリーズを制覇(V9)、王貞治は打率355(生涯最高)・本塁打51・打点114で悲願の三冠王となりシーズンMVP獲得

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1973

手塚治虫の虫プロ商事・虫プロダクション倒産、人気低迷のうえ多額の保証債務を抱えるが『週刊少年チャンピオン』連載の『ブラック・ジャック』・『週刊少年マガジン』連載の『三つ目がとおる』で復活

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1973

安藤百福の日清食品が米国で「Cup O' Noodles」(カップヌードル)発売

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1973

カラーテレビの世帯普及率が白黒テレビを突破

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1974

田中角栄首相が東南アジア歴訪し「資源外交」を展開、米CIAは反日暴動扇動で妨害

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1974

鈴木敏文のヨークセブン(イトーヨーカ堂の子会社)が東京豊洲にセブン-イレブン1号店開業

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1974

鄧小平が訪米し新日本製鐵等からの技術導入を号令

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1974

滝崎武光が尼崎市にリード電機設立(キーエンス創業)

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1974

立花隆が『文藝春秋』で「田中角栄研究 その人脈と金脈」を発表、アメリカと従米派による田中角栄下しが始まる

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1974

テレビアニメシリーズ『宇宙戦艦ヤマト』(松本零士原作)放送開始

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1974

巨人の連続日本一がV9で終わり長嶋茂雄が現役引退し川上哲治の後任監督に就任~生涯成績は打率305(首位打者6回)・本塁打444(本塁打王2回)・打点1522(打点王5回)・シーズンMVP5回、王貞治は三冠王とシーズンMVPを2年連続獲得

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1974

フォード米大統領が現職として初めて訪日し田中角栄首相と会談

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1974

三木武夫内閣(自民党・従米路線)発足

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1974

電源三法成立で原発建設への交付金制度確立

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1975

サイゴン陥落により共産軍勝利でベトナム戦争終結

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1975

中内功のダイエーが「ダイエーローソン株式会社」でCVSに参入し豊中市にローソン1号店開業

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1975

ビル・ゲイツがマイクロソフト創業

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1975

広島カープがセリーグ初優勝(長嶋茂雄監督の巨人は最下位)

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1975

第1回先進国首脳会議(サミット)開催、米英仏日独伊が参加

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1975

カラーテレビの世帯普及率が90%突破

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1975

戦後2度目の国債発行、赤字国債発行が恒常化(~1989)

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1976

スティーブ・ジョブズがアップルコンピュータ設立

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1976

安藤百福の日清食品がカップ焼そば「U.F.O.」およびカップうどん「どん兵衛きつね」発売

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1976

田中角栄前首相がロッキード事件で逮捕される

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1976

毛沢東が死去し華国鋒が中国最高指導者を継承、四人組逮捕により文化大革命終結

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1976

福田赳夫内閣(自民党・財務官僚・自主路線)発足

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1977

カーター米大統領が在韓地上軍の削減を発表し米国の「アジア離れ」が始まる

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1977

福田赳夫首相がASEANを歴訪し「福田ドクトリン」「全方位平和外交」声明

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1977

第10期3中全会で鄧小平が復活し中共中央の実権を掌握

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1977

「ビデオ戦争」で日本ビクター・松下電器産業(VHS方式)がソニー(ベータ方式)に勝利

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1977

日本人の平均寿命が男女共に世界一となる

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1978

東洋水産が「赤いきつね・緑のたぬきシリーズ」発売

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1978

日中平和友好条約締結

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1978

鄧小平が日中平和友好条約批准で訪日し昭和天皇と会談し新日鉄・トヨタ・松下電器等を視察

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1978

第11期3中全会で鄧小平指導部が文革否定・改革開放路線決定

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1978

「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」運用開始

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1978

第一次大平正芳内閣(自民党・財務官僚・従米路線)発足

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1978

乗用車の世帯普及率が50%突破

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1979

鄧小平が訪米し米中国交樹立、「米中対ソ」の対立構図が鮮明となる

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1979

ホメイニーのイスラム勢力が米英の傀儡パーレビ王朝を滅ぼし(イラン革命)第二次オイルショック発生

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1979

テレビアニメ『機動戦士ガンダム』放送開始

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1979

『Japan as Number One: Lessons for America』(ジャパン・アズ・ナンバーワン)刊行

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1979

大平正芳首相が訪米し福田赳夫前首相の「全方位外交」を引込め「日米同盟」を強調

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1979

松下幸之助が私財70億円を投じ財団法人松下政経塾設立

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1979

井深大のソニーがウォークマン(WALKMAN)を発売し世界中で革命的大ヒット

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1979

アフガニスタン紛争で米ソ衝突(~1989)、デタントが終焉し冷戦が激化

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1979

電電公社が世界で初めて車載電話の実用化に成功

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1980

山内溥の任天堂が携帯ゲーム機「ゲーム&ウオッチ」を発売し大ヒット

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1980

岡田卓也のジャスコ(現イオン)がコンビニ「ミニストップ」を設立し横浜市大倉山に1号店開業

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1980

鈴木善幸内閣(自民党・漁協職員・自主路線)発足

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1980

イラン・イラク戦争勃発(アメリカによるイラン叩き)(~1988)

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1980

巨人の王貞治が現役引退し助監督就任~生涯成績は打率301(首位打者5回)・本塁打868(本塁打王15回)・打点2170(打点王13回)・三冠王2回・シーズンMVP9回、3年連続V逸で長嶋茂雄から藤田元司へ監督交代

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1980

日本の自動車生産が1千万台を突破し米国を抜いて世界一

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1980

産業別労働人口:第一次産業10.9%・第二次33.6%・第三次55.4%

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1981

ロナルド・レーガン(共和党)が米大統領就任(~1989)~軍核戦争と富裕層減税で「双子の赤字」膨張、日本経済的視政策への転換

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1981

日本が対米乗用車輸出の自主規制開始(年間168万台からスタート)

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1981

第11期6中全会で華国鋒が失脚し鄧小平が胡耀邦・趙紫陽を従え支配体制確立

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1981

日清食品で安藤百福が会長に退き長男の安藤宏寿が社長就任

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1981

孫正義が福岡市に「ユニソン・ワールド」・東京に「日本ソフトバンク」設立(ソフトバンク創業)、家業のパチンコ店の全国展開を断念するが翌年ハドソンと契約しPCソフト卸売市場を独占、「Oh! PC」「Oh! MZ」でPC関連書籍出版に進出

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1982

東北新幹線・上越新幹線開業

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1982

第一次中曽根康弘内閣(自民党・従米路線)発足

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1983

中曽根康弘首相が韓国の全斗煥大統領を訪問、アメリカの対韓経済援助40億ドルの肩代わり献金を決定

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1983

中曽根康弘首相が訪米し「不沈空母」発言が物議を醸すが訂正せず

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1983

東京ディズニーランド開園

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1983

世論調査で「レジャー・余暇生活」が「今後の生活の力点」でトップとなる

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1983

日清食品で安藤百福が長男の安藤宏寿を退任させ会長・社長を兼務

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1983

山内溥の任天堂が「ファミリーコンピュータ」を発売し家庭用ゲーム機産業の嚆矢となる

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1983

安藤百福が日清スポーツ振興財団設立(公益財団法人安藤スポーツ・食文化振興財団へ改組)

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1983

AT&T創業

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1983

鈴木修の鈴木自動車工業(スズキ)がインド政府との合弁会社「マルチ・ウドヨグ社」で小型車生産開始、インド市場でシェア5割へ躍進

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1984

グリコ・森永事件

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1984

宮崎駿監督の劇場アニメ映画『風の谷のナウシカ』上映、宮崎駿の個人事務所「二馬力」設立

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1984

稲盛和夫の京セラが中心となり第二電電(DDI→KDDI)創業

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1984

柳井正が伯父柳井政雄・父柳井等から小郡商事(山口県宇部市)を承継し社長就任、広島市袋町に「ユニクロ」1号店を開業し中国地方へ多店舗展開(ファーストリテイリング創業)

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1985

ソ連でゴルバチョフが政権を掌握しペレストロイカ(再建)・グラスノスチ(情報公開)を断行

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1985

中曽根康弘政権下で日本電信電話公社が民営化されNTTグループ発足

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1985

中曽根康弘政権下で日本専売公社が民営化され日本たばこ産業株式会社 (JT) 発足

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1985

アメリカが通商法301条に基づき100%関税など日本製品への制裁を開始

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1985

女子差別撤廃条約批准のため男女雇用機会均等法成立

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1985

日清食品で安藤百福が再び会長に退き次男の安藤宏基が社長就任

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1985

山内溥の任天堂がゲームソフト『スーパーマリオブラザーズ』発売(2015年現在も任天堂の代表キャラに君臨)

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1985

プラザ合意(中曽根康弘内閣による円高容認)、1ドル240円から一気に円高が加速し日本経済の長期低迷と製造業の空洞化が始まる

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1985

エアコンの世帯普及率が50%突破

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1986

鳥山明原作『ドラゴンボール』のテレビアニメ放送開始

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1986

ソ連チェルノブイリ原子力発電所事故

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1986

エニックスがゲームソフト『ドラゴンクエスト』発売・『ドラゴンボール』の鳥山明がキャラクターデザインを担当

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1986

日米半導体協定で中曽根康弘首相が日本市場の20%分の米国製半導体輸入を容認

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1986

「円高不況」打開のため積極的な金融・財政政策が採られ「バブル景気」が始まる

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1986

ODAが50億ドル突破・アジア向けが急増

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1987

中国で保守派が巻返し革新派の胡耀邦総書記(鄧小平の腹心)が失脚

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1987

中曽根康弘政権下で国鉄が分割民営化されJR各社発足

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1987

竹下登・金丸信が小沢一郎・小渕恵三・橋本龍太郎ら「竹下派七奉行」を従え田中角栄の派閥を乗取り「経世会」発足

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1987

ニューヨーク株式市場大暴落(ブラックマンデー)

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1987

竹下登内閣(自由民主党・自主路線)発足

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1987

スクウェアがゲームソフト『ファイナルファンタジー』発売

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1988

朝日新聞報道によりリクルート事件発生

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1988

FRBが日本叩きのBIS規制を導入し(自己資本比率8%)邦銀が消極姿勢に転換

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1988

イラン・イラク戦争終結

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1988

安藤百福の日清食品が新宿六丁目に東京本社開設(地階は「日清パワーステーション」)

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1988

アメリカがスーパー301条により対日制裁を強化

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1988

青函トンネル開業

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1988

瀬戸大橋開通

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1989

昭和天皇が崩御し平成に改元

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1989

ジョージ・H・W・ブッシュ(共和党)が米大統領就任(~1993)~冷戦に代わる中東戦争演出と「バードンシェアリング(防衛責任の増強)」強要

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1989

「マンガの神様」手塚治虫死去

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1989

竹下登政権が初の消費税導入(3%)

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1989

山内溥の任天堂が携帯ゲーム機「ゲームボーイ」発売

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1989

高度経済成長を象徴する松下幸之助が死去(享年94)

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1989

日米構造協議(アメリカによる内政干渉)開始

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1989

第一次海部俊樹内閣(自民党三木三木武夫系・従米路線)発足

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1989

最大派閥経世会の小沢一郎が自民党幹事長就任(~1891)

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1989

三菱地所のロックフェラーセンター買収・ソニーのコロンビア映画買収でジャパンバッシングに拍車

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1989

アジア太平洋経済協力(APEC)発足

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1989

「ベルリンの壁」崩壊

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1989

H・W・ブッシュ米大統領とゴルバチョフソソ連書記長がマルタ会談で冷戦終結を宣言

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1989

バブル潰しの土地基本法成立

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1989

日経平均株価の終値最高値更新(38915.87円)

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1990

「土地関連融資抑制に関する行政指導(総量規制)」を機に一気に信用収縮へ向かう

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1990

ゴルバチョフのライバル・エリツィンがロシアの実権掌握

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1990

ドイツ再統一

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1990

山内溥の任天堂が「スーパーファミコン」を発売し世界的ゲーム産業を創出

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1990

世界の金融機関総資産ランキングで邦銀7行がベスト10入り

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1990

産業別労働人口:第一次産業7.1%・第二次33.3%・第三次59.0%

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1990

15年ぶりに赤字国債発行停止

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1991

「米国の死活的脅威」を問う世論調査で「日本の経済力」が断トツ1位に

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1991

湾岸戦争勃発(ソ連に代わる新しい敵・増長したフセインの粛清)、日本は130億ドルの資金協力、米ドル乱発による超円高時代はじまる

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1991

バブル崩壊(「失われた10年」)

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1991

バブル潰しの金融証券不祥事摘発はじまる

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1991

ティム・バーナーズ=リーがWorldWideWebを公開

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1991

宮澤喜一内閣(自民党・財務官僚)発足(経世会の小沢一郎が総裁選出馬を見送るが「面接」で宮澤総理を選択)

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1991

エリツィン・ロシアの脱退でソ連が崩壊し米ソ冷戦が完全終結

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1991

米国覇権主義「グローバリズム」「新自由主義」が台頭

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1991

ODAが100億ドル突破・以後高止まり

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1992

鄧小平が「南巡講話」で保守派を抑え改革開放路線を決定付ける

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1992

アメリカの「エコニミック・アニマル」批判を受け完全週休二日制が普及

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1992

アマコスト駐日大使の工作によりPKO協力法成立、自衛隊がカンボジアへ出動

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1992

国連地球サミットが「持続可能な開発」を提唱

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1992

安藤百福の日清食品が生タイプカップ麺「ラ王」発売

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1992

CIAの役割が経済諜報へシフトし日本が主標的となる

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1992

中内功のダイエーが経営破綻したリクルートを買収(創業者の江副浩正らから持分を買取り)

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1993

ビル・クリントン(民主党)が米大統領就任(~2001)~日本から中国への重点シフト・円高政策と「年次要望改革書」による対日経済攻勢

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1993

小沢一郎の造反で細川護熙内閣(非自民連立・公家・自主路線)が発足し「55年体制」終焉

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1993

欧州連合(EU)発足

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1993

APECシアトル会議でクリントン米大統領が貿易・投資の自由化促進を提唱

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1994

ソニー・コンピュータエンタテインメントが「PlayStation」発売

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1994

Amazon.com設立

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1994

ダイキン工業で17年ぶりの赤字転落に伴い山田稔(創業者山田晁の長男)が会長に退き井上礼之が社長就任、不採算部門を閉鎖しエアコン事業と海外展開に集中

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1994

アメリカによる対日内政干渉「年次改革要望書」の運用開始

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1994

赤字国債発行が再開され以後国債発行残高が急増

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1995

GATTが発展解消し世界貿易機関(WTO)発足

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1995

阪神・淡路大震災

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1995

ジェリー・ヤンとデビッド・ファイロがYahoo!設立、孫正義のソフトバンクが出資し一時筆頭株主となる、孫正義のソフトバンクが出資し一時筆頭株主となる

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1995

地下鉄サリン事件

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1995

円高が急進しドル円が80円割れ

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1995

野茂英雄が鈴木啓示監督と衝突し近鉄退団、「任意引退」で日本球界を追われマイナー契約でLAドジャースに入団すると開幕直後にMLBデビューし13勝・防御率2.54で最多奪三振・新人王獲得

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1995

オウム真理教の麻原彰晃らを逮捕

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1995

村山富市首相が大東亜戦争を日本の侵略と認めアジア諸国に公式謝罪(村山談話)

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1995

Microsoftが「Windows 95」発売、日本市場開拓のため孫正義のソフトバンクと合弁で「ゲームバンク」設立(1998年業績不振で撤退)

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1995

テレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』放送開始

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1996

ゲームフリークがゲームソフト『ポケットモンスター』を発売し記録的大ヒット

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1996

台湾海峡ミサイル危機、中国の恫喝は奏功せず李登輝が台湾総統就任

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1996

住専処理法成立

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1996

「金融ビッグバン」で外資の日本侵出が加速、宮内義彦が政府規制改革審議会の議長に就任し(2006年小泉純一郎内閣退陣まで在任)適債基準撤廃など大蔵規制緩和を引出したオリックスは直接金融で資金力を高めM&Aで躍進

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1997

三木谷浩史が楽天創業

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1997

鄧小平が死去し江沢民らの集団指導体制が発足、格差社会・資本主義国化が加速

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1997

消費増税(5%)

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1997

アメリカの圧力により独占禁止法改定・持株会社解禁

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1997

鄧小平の「一国二制度論」に基づき香港返還

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1997

ヘッジファンドの売り仕掛けでアジア通貨危機が発生し経済破綻したタイ・インドネシア・韓国がIMF管理下に入る

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1997

ソフトバンク傘下のヤフー(Yahoo! JAPAN)が店頭市場に株式上場、資本力を高めた孫正義はM&Aを加速

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1997

政府の「護送船団方式」放棄により拓銀・長銀・日債銀・山一證券・三洋証券など大手金融機関の破綻が相次ぐ

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1997

京都議定書成立(温室効果ガスの削減目標設定)、二大排出国の米中は参加せず

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1997

携帯電話普及率が50%突破

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1997

乗用車の世帯普及率が80%突破

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1998

長野冬季オリンピック

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1998

アメリカの圧力により大規模小売店舗法廃止(大店立地法に移行後2000年完全廃止)

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1998

ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンがGoogle設立

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1998

長銀経営破綻、リップルウッドが僅か10億円で買収に成功

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1998

金融再生関連法が相次いで成立

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1998

柳井正のファーストリテイリングが「ユニクロ」で「フリース」発売、3年間で2600万枚の驚異的セールスを樹立しアパレル業界に価格破壊旋風を起す

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1998

エアコンの世帯普及率が80%突破

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1998

「新自由主義」「市場原理主義」が世界を席巻

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1999

日銀のゼロ金利政策はじまる

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1999

新日米防衛協力指針(新ガイドライン)関連法成立

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1999

安藤百福の日清食品が池田市にインスタントラーメン発明記念館(カップヌードルミュージアム)開設

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1999

アメリカの圧力で労働者派遣法が改定され人材派遣原則自由化

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1999

ソ連大統領のエリツィンが失脚しKGB出身のプーチンが最高指導者を承継

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1999

ODA154億ドル・最高額更新

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2000

ベライゾン・コミュニケーションズ設立

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2000

ソフトバンク・オリックス・東京海上が連合し経営破綻した日本債券信用銀行を安値で買収(→あおぞら銀行)、孫正義のソフトバンクは株価急騰で株式時価総額が国内2位となり2003年持分転売で巨利を獲得

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2000

中国移動通信(チャイナモバイル)設立

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2000

産業別労働人口:第一次産業5.0%・第二次29.5%・第三次64.3%

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2000

国債発行額が200兆円突破

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2001

ITバブル崩壊

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2001

ジョージ・W・ブッシュ(共和党)が米大統領就任(~2009)~「予防戦争」論に基づく米軍大暴走で「テロ時代」幕開け

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2001

イチローが任天堂・山内溥オーナーのシアトル・マリナーズでMLBデビュー、最多得票でオールスターゲームに選出され242安打・打率350・盗塁56で首位打者・盗塁王・新人王・シリーズMVP・ゴールドグラブ賞を獲得

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2001

第一次小泉純一郎内閣(自公連立・従米路線)発足

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2001

ユニ・チャームで高原慶一朗が会長に退き長男の高原豪久が社長就任、バブルの塔「ゴールドタワー」を閉鎖し(味匠に貸与後2007年売却)リストラと海外展開を推進

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2001

宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』が興行収入304億円で『もののけ姫』の記録更新、ベルリン国際映画祭金熊賞・アカデミー賞長編アニメ賞を受賞

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2001

9.11同時多発テロ、小泉純一郎内閣が対テロ戦争参加を表明

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2001

アフガニスタン戦争、タリバン政権崩壊後も泥沼の内戦が続く

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2001

岡田卓也のイオンが経営破綻した更正会社マイカルを買収し業容急拡大(2011年吸収合併)

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2001

ゴールドマン・サックスが「BRICs」の潜在能力を示唆

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2001

パソコンの世帯普及率が50%突破

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2001

国債発行額が300兆円突破

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2001

完全失業率が初めて5%突破

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2002

EU統一通貨ユーロ流通開始

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2002

ブッシュ大統領が一般教書演説でイラン・イラク・北朝鮮を「悪の枢軸」と断罪

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2002

鈴木修のスズキがインド政府より「マルチ・ウドヨグ社」株式を買取り過半数を得て子会社化

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2002

FIFAワールドカップ日韓大会

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2002

小泉純一郎首相が北朝鮮と初の首脳会談を行い日朝平壌宣言を行うがブッシュ米政権に叱られ従米転向

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2002

フリーターが200万人突破

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2002

携帯電話普及率が90%突破

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2003

イラク戦争(~2011)、フセイン政権崩壊後も泥沼の内戦が続く

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2003

小泉純一郎政権が郵政事業庁を廃止し日本郵政公社発足

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2003

個人情報保護法成立

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2003

小泉純一郎内閣がイラク戦争に自衛隊を派遣(~2009)

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2003

国債発行額が400兆円突破

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2004

マーク・ザッカーバーグがFacebook設立

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2004

小泉純一郎政権がアメリカの要求に応じ労働者派遣法改定で製造業派遣解禁

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2004

孫正義のソフトバンクが日本テレコムを買収し完全子会社化(→ソフトバンクテレコム)

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2004

江沢民から胡錦濤指導部へ政権交代

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2004

中内功追放も遅きに失しダイエーの自力再建案を銀行団が拒否、小泉純一郎首相の裁定で金融庁が経産省を抑え産業再生機構送り決定

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2004

デジカメの世帯普及率が50%突破

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2005

日清食品の宇宙食ラーメン「Space Ram」をスペースシャトル野口聡一宇宙飛行士が食べる

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2005

ソフトバンク子会社で孫泰蔵(孫正義の弟)社長の「ガンホー・オンライン・エンターテイメント」が大証ヘラクレスに株式上場し株式時価総額は一時1兆円を突破

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2005

孫正義のソフトバンクが東新橋へ本社を移しボーダフォン買収で携帯電話事業に参入(→ソフトバンクモバイル)、ダイエー球団を買収し「福岡ソフトバンクホークス」へ改称

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2005

小泉純一郎政権がアメリカの要求に応じ日本道路公団を解散し分割民営化

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2005

日清食品で創業者の安藤百福が取締役退任

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2005

小泉純一郎政権がアメリカの要求に応じ商法改定で米国流会社法へ改編

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2005

「郵政解散」総選挙で小泉純一郎首相が「抵抗勢力」を駆逐し民主党も大敗

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2005

鈴木敏文が持株会社「セブン&アイ・ホールディングス」を設立し株式上場(セブン-イレブン・ジャパン、イトーヨーカ堂、デニーズジャパンは上場廃止)

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2005

バブル崩壊の象徴となったダイエー創業者の中内功が死去(享年83)

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2005

人口減少社会突入・65歳以上人口が20%突破(総人口1億2777万人)

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2005

合計特殊出生率1.26、2006年から微増傾向に転じる

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2005

小泉純一郎政権が「日米同盟 未来のための変革と再編」で日米同盟の範囲を全世界の「予防戦争」へ拡大

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2005

小泉純一郎政権が郵政民営化関連法を成立させ大蔵省は悲願達成

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2005

鈴木敏文のセブン&アイ・ホールディングスがミレニアムリテイリング(そごう・西武)を電撃買収

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2006

ニッポン放送株式買占めに絡むライブドア事件発生、永田寿康議員の「堀江メール問題」で民主党執行部が総退陣し小沢一郎が代表就任(~2009)

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2006

村田昭死去

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2006

公共サービス改革法(市場化テスト法)成立で「小泉構造改革」総仕上げ、宮内義彦議長の総合規制改革会議が法定の議事録を残していない不祥事が発覚

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2006

オリックスのM&A実働部隊「村上ファンド」の村上世彰がインサイダー容疑で逮捕(2011年執行猶予付き有罪判決が確定)、小泉純一郎首相の任命責任に係る福井俊彦日銀総裁と宮内義彦は運良く検察の追及を免れる

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2006

安藤百福の日清食品がTOBにより明星食品を傘下に収める

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2007

日清食品創業者の安藤百福が死去(享年96)

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Kouyuuroku

安藤宏寿

対立し追放した長男・日清食品2代目

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安藤宏基

次男・日清食品3代目

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中川晋

日清食品4代目

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中曽根康弘

親密な政治家

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小林一三

偉大な先達

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中内功

ダイエー創業者

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岡田卓也

イオン創業者

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鈴木敏文

セブン-イレブン創業者

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柳井正

ファーストリテイリング創業者

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松下幸之助

松下電器創業者

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井植歳男

三洋電機創業者

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石田退三

トヨタ中興の祖

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早川徳次

シャープ創業者

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井深大

ソニー創業者

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盛田昭夫

ソニー創業者

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御手洗毅

キヤノン創業者

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石橋正二郎

ブリジストン創業者

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出光佐三

出光興産創業者

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本田宗一郎

ホンダ創業者

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鈴木修

スズキのやり手

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村田昭

村田製作所創業者

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稲盛和夫

京セラ創業者

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山内溥

任天堂の実質創業者

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稲葉清右衛門

ファナック創業者

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滝崎武光

キーエンス創業者

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永守重信

日本電産創業者

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井上礼之

ダイキン工業の凄腕

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高原慶一朗

ユニ・チャーム創業者

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高原豪久

ユニ・チャーム2代目

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孫正義

ソフトバンク創業者

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宮内義彦

オリックスの改革利権王

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