著名自分史「島津義弘」

オリジナル

島津 義弘

しまづ よしひろ

島津 義弘

1535年~1619年

80

薩摩・大隅を切り従え日向の伊東義祐・肥後の相良義陽・肥前の龍造寺隆信・大友宗麟を撃破した島津四兄弟の次男坊、九州制覇の野望は豊臣秀吉に打砕かれたが、朝鮮役の泗川合戦・関ヶ原「島津の退き口」で勇名を馳せた西国最強武将

寸評

基礎点 80点 島津義弘は、薩摩・大隅を切り従え日向の伊東義祐・肥後の相良義陽・肥前の龍造寺隆信を滅ぼし大友宗麟を追詰めた島津四兄弟の次男坊、九州制覇の野望は豊臣秀吉に破られたが、朝鮮役泗川の戦い・関ヶ原「島津の退き口」で勇名を馳せた西国最強武将である。島津勝久から島津宗家と薩摩・大隅守護職を奪った島津貴久の次男で、兄義久が家督を継ぐと日向方面を受け持ち伊東義祐の猛攻を凌いだ。1572年貴久の死に乗じて伊東の精兵3千が飯野城を急襲、雑兵300で迎え撃った島津義弘は「釣り野伏せ」戦法で「九州の桶狭間」に快勝(木崎原の戦い)、南九州に武威を轟かせると、翌年長年争った肝付氏らが降伏して島津氏は薩摩・大隅を平定した。1577年伊東義祐を追出して三州統一を達成(伊東崩れ)、翌年大友宗麟の大軍が日向に来襲したが島津義久・家久が撃退(耳川の戦い)、多くの武将を討取られた名門大友氏は骨抜きとなった。矛先を九州西辺に転じた島津軍は、1581年肥後人吉城主の相良義陽を降伏させ、1584年大友氏から独立した龍造寺隆信を攻撃、島原城主有馬晴信の救援に兵3千で乗込んだ島津家久は2万5千の龍造寺軍を湿地帯に誘い入れて殲滅(沖田畷の戦い)、隆信以下重臣悉くを討取る大勝利で肥前・筑前・筑後・肥後北部・東豊前を奪取、義弘が阿蘇氏を降して肥後も掌中にした。1586年島津氏は総仕上げの大友征伐を開始、筑前・筑後の義久軍は立花宗茂に苦戦したが、肥後から義弘・日向から家久が本拠の豊後へ侵攻、豊臣秀吉の援軍2万を敵失と「釣り野伏せ」で撃退し府内城を落として宗麟を臼杵城に追詰めた(戸次川の戦い)。しかし翌年、徳川家康を従えた豊臣秀吉が九州征伐を号令、20万余の大軍を前に諸豪は悉く秀吉に靡き、島津軍は日向へ退いて決戦を挑むも敗北(根白坂の戦い)、義弘は徹底抗戦を主張したが当主義久は降伏を選び、島津氏は薩摩・大隅などの本領を安堵された。義久から当主を継いだ島津義弘は、梅北一揆・庄内の乱で家臣を引締め朝鮮出兵で大活躍、西軍に参陣した関ヶ原合戦では敵陣強行突破で武名を上げ、戦後の難局を武備恭順策で乗切り薩摩藩56万石を子の島津忠恒に譲り渡した。

史実

1535年 奥州島津家当主の島津貴久の次男に島津義弘が出生(島津義久は嫡兄で島津家久は庶弟)

1536年 周防の大内義隆(義興の嫡子)に攻められた肥前勢福寺城の少弐資元が降伏開城するが、和睦条件を反故にされ大宰大弐の官職と所領を奪われたうえ攻められて梶峰城で自害(嫡子冬尚は助命される)、義隆に通謀し主君を見捨てた龍造寺家兼は東肥前の戦国大名へ台頭

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1536年 [天文法華の乱]延暦寺の僧兵約6万人が京都に押し寄せ日蓮宗寺院二十一本山を焼払い門徒を虐殺

1537年 尼子経久と大内氏との石見銀山争奪戦開始、尼子経久は家督を孫の尼子晴久に譲り隠居

1537年 豊臣秀吉が尾張国中村の下層民(焙烙売り・賤民とも)の家に出生(父は織田家の足軽から帰農した木下弥右衛門とも伝わるが不詳、母なかは徳川家康の人質に出した大政所、弟秀長は優秀な副将、姉日秀の子は豊臣秀次、妹あさひは徳川家康に入輿)、20歳前後で織田信長に仕えるまでの事跡は不明(家出して悲惨な放浪生活を送り、武家奉公の最初は今川家臣松下之綱だったとされる)

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1537年 奥州家当主島津貴久の三男に島津歳久が出生

1538年 [第一次国府台合戦]鎌倉から武蔵江戸城まで制圧した北条氏綱に対し、小弓公方足利義明が里見義堯・真里谷信応を誘って下総国府台城で挙兵、家柄と武勇を過信し江戸川渡河中の攻撃策を捨てた義明が嫡子義純・弟基頼もろとも討死、戦線離脱し兵力を温存した安房里見氏が漁夫の利を得て久留里城・大多喜城を落とし房総半島の大半を掌握

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1538年 尼子晴久が播磨に侵攻、守護赤松晴政と浦上政宗を敗走させるが三木城主別所就治の抵抗に遭い、安芸戦線を毛利元就に脅かされたため出雲へ撤退

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1539年 凡愚な島津勝久が国人衆に見放され再び島津実久と抗争を始めると、島津忠良(日新斎)・貴久父子は反攻を開始、加世田別府城・市来鶴丸城の戦いで実久を降伏させて鹿児島内城に入り、反抗した実久も追放(最後は大友氏を頼り豊後で客死)して島津宗家の家督と薩摩・大隅守護職を奪回、領国に割拠する土豪征伐に乗出す

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1540年 龍造寺家兼・馬場頼周ら旧家臣団が少弐冬尚を当主に担ぎ名目上少弐家を再興

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交遊録

島津忠良 祖父
島津貴久
島津久保 朝鮮役陣中で病死した嫡子
島津忠恒 島津本家を継いだ次男
島津義久
島津歳久
島津家久 弟で養子
島津豊久 関が原に散った家久嫡子
島津勝久 父祖が追放した島津宗家当主
島津実久 薩州家当主で父祖の宿敵
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