著名自分史「阿部信行」

オリジナル

阿部 信行

あべ のぶゆき

阿部 信行

1875年~1953年

20

陸軍長州閥の宇垣一成に属し中立・穏健派と目され首相に上り詰めたが何も出来ず退陣、東條英機に乗換えて名誉職を与えられ、東京裁判で謎の不起訴となった「処世の将軍」

寸評

基礎点 20点 阿部信行は、陸軍長州閥の系譜を引く「宇垣一成の寵児」で、統制派・皇統派の派閥抗争の局外中立にいたことと人柄の良さで首相に推戴されたが、あまりの不人気に陸軍も倒閣に動き4ヶ月余で退陣、軍人としても政治家としても特筆すべき業績は無い。退陣後の阿部信行は、名誉職を与えられて統制派へ乗換え、重臣会議メンバーとして東條英機内閣の発足に尽力した。朝鮮総督の阿部信行は任地で終戦を迎えたが米軍の護衛で早々に帰国し、東京裁判でA級戦犯指定を受けるも何故か開廷直前に釈放された。風見鶏の前歴を考えると非常に訝しい。

史実

1875年 旧加賀藩の下級藩士阿部信満の子として阿部信行が金沢にて出生

1894年 朝鮮で甲午農民戦争、日清両軍が朝鮮へ派兵し一触即発

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1894年 日清戦争勃発

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1895年 下関条約で日清戦争終結、朝鮮(李朝)が初めて中国から独立しソウルに独立門建立

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1895年 三国干渉~露仏独が日本に遼東半島返還を要求

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1895年 台湾総督府設置

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1897年 阿部信行が陸軍士官学校(9期)を優等(恩賜の軍刀組)で卒業

1898年 列強による清の植民地争奪競争が激化

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1900年 北清事変

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1901年 北京議定書調印

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交遊録

宇垣一成 出世の恩人
真崎甚三郎 皇道派の重鎮
荒木貞夫 皇道派の重鎮
林銑十郎 永田のロボット
永田鉄山 中堅幕僚の首領
石原莞爾 優秀な後輩
板垣征四郎 石原派
武藤章 統制派の首領
田中新一 統制派の首領
東條英機 統制派最年長
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