著名自分史「手塚治虫」

オリジナル

手塚 治虫

てづか おさむ

手塚 治虫

1928年~1989年

80

戦後の漫画ブームを牽引し『鉄腕アトム』『ジャングル大帝』で世界に誇る日本アニメの幕を開いたエンタメ産業の開祖

寸評

基礎点 70点 「マンガの神様」手塚治虫(本名手塚治)の生家は常陸府中藩の藩医の嫡流で、曽祖父の手塚良仙は緒方洪庵の適塾に学んだ蘭方医、祖父の手塚太郎は関西法曹界の重鎮、父の手塚粲はセミプロ写真家の趣味人であった。手塚治虫は父の手回し映写機でチャップリン喜劇やディズニーアニメに親しみ、近所の宝塚歌劇団の虜になり、『のらくろ』『フクちゃん』『ミッキーマウス』の模写で漫画を描き始めた。名門北野高校に入学した手塚治虫は軍事教練に傷つき大阪大空襲に遭難しつつ軍医養成の大坂医専(阪大医学部とは別)へ進んだが、戦後執筆を再開し1946年四コマ漫画『マァチャンの日記帳』でプロデビュー、翌年長編漫画『新寳島』で「赤本」ブームを引起した。『ジャングル大帝』『鉄腕アトム』『リボンの騎士』『火の鳥』とヒットを連発する手塚治虫は、1953年医師免許を取得するも医業を捨て東京南長崎の「トキワ荘」で4時間睡眠の執筆生活に没頭、25歳で関西長者番付の画家部門首位に輝いた。漫画ブームが到来しマガジン・サンデー・ジャンプと週刊誌の創刊が相次いだが、『カムイ伝』で劇画に主流を奪われ石ノ森章太郎ら後輩が台頭するなか、飽きられ焦る手塚治虫は神経衰弱に陥った。が、手塚治虫は初志のアニメ制作に望みを繋ぎ1961年有金叩いて「虫プロダクション」設立、使い回しでセル画数を切詰める「リミテッドアニメ」で予算・工数不足を打開し、1963年日本初のテレビアニメシリーズ『鉄腕アトム』・1965年カラーアニメ『ジャングル大帝』を発表し世界に誇る日本アニメの幕を開いた。しかし採算度外視のアニメ経営は破綻を来し、月刊誌『COM』を創刊するが漫画人気も回復せず、労組の造反劇を経て虫プロは倒産し手塚治虫は破産に瀕した。が、異色路線の『ブラック・ジャック』『三つ目がとおる』のヒットで蘇生し、旧作の単行本集『手塚治虫漫画全集』が人気を博し印税収入で財政も持直した。晩年の手塚治虫は、『火の鳥2772』で念願のアニメ映画監督を務め『陽だまりの樹』(主人公は手塚良仙)『アドルフに告ぐ』など青年漫画に挑戦したが、1989年700作品・原稿15万枚の超人的業績を遺し60歳で永眠した。
10点 手塚治虫は多くの漫画家・アニメーターを薫陶し「エンタメ業界の開祖」と称すべき巨大な役割を果した。上京時に移り住んだ豊島区南長崎の「トキワ荘」には手塚治虫に憧れる漫画家の卵が集まり、アシスタントから藤子不二雄(ドラえもん)・石ノ森章太郎(仮面ライダー)・つのだじろう(恐怖新聞)・赤塚不二夫(天才バカボン)が大成した。またトキワ荘組ではないが、横山光輝(鉄人28号)・松本零士(宇宙戦艦ヤマト)・永井豪(デビルマン)・やなせたかし(アンパンマン)・ちばてつや(あしたのジョー)・楳図かずお(まことちゃん)・寺沢武一(コブラ)・あだち充(タッチ)らは直接に手塚治虫の指導や援助を受けている。さらに手塚治虫がノイローゼに陥るほど敵意を燃やした白土三平(カムイ伝)・さいとう・たかを(ゴルゴ13)・大友克洋(AKIRA)ら劇画陣も「マンガの神様」を尊敬している。石ノ森章太郎はトキワ荘の異端児で、手塚治虫が激しく嫉妬するほどの才能に恵まれ、脱手塚スタイルを貫くことで「特撮モノ」など新境地を拓いた。日本アニメの大立者となった宮崎駿は「アニメーションに対して彼がやったことは何も評価できない・・・これまで手塚さんが喋ってきたこととか主張したことというのは、みんな間違いです」と手塚治虫を酷評している。石ノ森章太郎・宮崎駿という次代を担った天才が手塚治虫の神格否定でのし上ったことは「神殺しから文明が生れる」欧州神話のようで興味深い。

史実

1928年 住友金属従業員で写真愛好家の手塚粲の嫡子手塚治(手塚治虫)が大阪府豊能郡豊中町(現豊中市)にて出生

1929年 トーキー映画が日本上陸し映画産業が興隆

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1929年 軍部や松岡洋右満鉄副総裁の扇動で「満蒙生命線論」が興隆

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1929年 世界恐慌始まる、軍需主導で日本経済は1934年に回復

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1929年 農産物価格が暴落し農家が大打撃を受ける

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1930年 幣原喜重郎外相と海軍条約派がロンドン海軍軍縮条約調印を断行

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1931年 石橋正二郎が久留米市にブリッヂストンタイヤ株式会社(現ブリヂストン)設立

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1931年 関東軍参謀の石原莞爾・板垣征四郎らが柳条湖事件を起し満州事変勃発

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1931年 朝鮮駐留軍の林銑十郎司令官が独断で越境増援、若槻禮次郞内閣が追認

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1931年 軍事費の急増が始まる

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交遊録

ウォルト・ディズニー 対面は1度だが尊敬するディズニー創業者
チャップリン 尊敬する喜劇王
田河水泡 『のらくろ』作者・漫画の先達
横山隆一 『ふくちゃん』作者・漫画の先達
島田啓三 『冒険ダン吉』作者・漫画の先達
酒井七馬 『新寳島』企画者
山崎邦保 『COM』初代編集長
石井文男 『COM』2代目編集長
穴見薫 早世した虫プロ経営者
川畑栄一 虫プロの反逆者
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