著名自分史「山中伸弥」

オリジナル

山中 伸弥

やまなか しんや

山中 伸弥

1962年~-年

80

細胞の「初期化」を担う4遺伝子を突止め究極のクローン技術「iPS細胞」を樹立した幹細胞学のホープ、ノーベル生理学・医学賞受賞者ながら男前のスポーツマンで弁舌も爽やかな完全無欠の天才

寸評

基礎点 80点 山中伸弥は、究極のクローン技術「iPS細胞」を樹立したノーベル賞受賞者、男前のスポーツマンで弁舌も爽やかな完全無欠の天才である。山中伸弥が発明したiPS細胞は、非常に単純な方法で、しかも倫理問題を伴う受精卵を使わず体細胞を「ES細胞」と同等まで「初期化」する革新的技術であり、再生医療や創薬への絶大な効果が期待される。世界中で応用研究が進むなか、安倍晋三内閣はiPS細胞研究を国策に据え巨額の予算投下を表明した。東大阪市の町工場に生れた山中伸弥は、名門の大阪教育大附属天王寺中学・高校に学び、父の指導と徳田虎雄の著書で医師を志し神戸大学医学部へ進んだ。山中伸弥は中高は柔道・大学3年からラグビーに打込み、50歳を過ぎてもマラソン完走の体力を誇る。山中伸弥は整形外科の臨床研修医となったが不器用で2年で退職、基礎研究へ転じて大阪市立大学大学院で博士号を取得し、1993年公募採用で米国UCSFグラッドストーン研究所へ留学しノックアウトマウスを得てES細胞研究を開始した。1996年山中伸弥は大阪市立大学に戻ったが理解されず、クローン羊「ドリー」や「ヒトES細胞」樹立に沸く米学界との落差に心を病み臨床医復帰も考えたが、1999年奈良先端科学技術大学院大学の遺伝子教育研究センターに公募採用される幸運に恵まれた。山中伸弥のテーマはES細胞の弱点克服、数万個の候補遺伝子から初期化因子を探す難題であったが、理研・林崎良英の遺伝子DB公開のお陰で絞込みが進み、科学技術振興機構の助成で研究継続、2004年4個の因子遺伝子を突止め「iPS細胞」と命名した。幹細胞学のホープへ躍り出た山中伸弥は京都大学再生医科学研究所およびグラッドストーン研究所の教授に招かれ、肝臓細胞由来のiPS細胞でクローンマウス作製に成功、翌2007年「ヒトiPS細胞」の樹立を発表した。遅ればせながら日本政府も研究支援に乗出し、2012年山中伸弥はノーベル生理学・医学賞を受賞(初期化研究の先駆者ジョン・ガードンと共同受賞)、再生医療への臨床応用や創薬に有用な病態モデル研究(副作用実証等)を見据えiPS細胞製作の最適化と標準化に取組んでいる。

史実

1962年 東大阪市でミシン部品の町工場を営む山中章三郎の長男に山中伸弥が出生、小学生から大学1年生まで奈良市学園前に居住

1962年 ジョン・ガードンがクローン蛙の作製に成功し「細胞の初期化」に関する論文を発表(後に山中伸弥のiPS細胞に結実)

1962年 キューバ危機、フルシチョフ首相のミサイル撤去決断により核戦争回避

1962年 有名私立大学で軒並み女子学生が過半数を占め「女子学生亡国論」が話題に

1963年 日本初のテレビアニメシリーズ『鉄腕アトム』(原作手塚治虫・制作虫プロダクション)放送開始

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1963年 日本がGATT11条国へ移行(GATT35条適用撤廃、為替・貿易原則自由化)

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1963年 米ソ英が部分的核実験停止条約調印

1963年 本田宗一郎の本田技研工業が軽トラックを発売し四輪車事業に参入

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1963年 日本原子力研究所が日本で最初の原子力発電を実施(「原子力の日」)

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1963年 キヤノンカメラが世界初のオートフォーカス「キャノンAFカメラ」発売、世界市場でドイツ勢・ライカを凌駕

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交遊録

ジョン・ガードン 初期化研究の開祖・山中伸弥とノーベル賞共同受賞
マーティン・エバンス ES細胞樹立者
ゲイル・マーティン ES細胞研究者
イアン・ウィルマット クローン羊ドリー作製者
キース・キャンベル クローン羊ドリー作製者
ジェームズ・トムソン ヒトES細胞樹立者
ワイントラウブ 初期化研究の先達
オリヴァー・スミティーズ ノックアウトマウス作製技術樹立者
マリオ・カペッキ ノックアウトマウス作製技術樹立者
トーマス・イネラリティ UCSF教授
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