著名自分史「鳩山一郎」

オリジナル

鳩山 一郎

はとやま いちろう

鳩山 一郎

1883年~1959年

70

戦前は政友会幹部として迷走したが、「憲法改正・再軍備・自主外交」を掲げて吉田茂の従米政権を倒し重光葵外相と共に保守合同(55年体制)・日ソ国交回復・国際連合加盟を達成した党人派の親方

寸評

基礎点 80点 第二次大戦後、政友会の幹部だった鳩山一郎は残党を集めて日本自由党を結成した。1946年新選挙法に基づく初の衆議院総選挙で自由党は最多議席を獲得、鳩山一郎総裁の首相就任は確実であったが、GHQの露骨な横槍で公職追放に遭い吉田茂に首相の座を預けた。1951年アメリカの対日戦略転換で公職追放が解除され、政界に復帰した鳩山一郎の派閥は吉田茂と自由党を二分する勢力となったが、「君の追放が解けたらすぐにでも君に返すよ」と述べた吉田は政権を離さず鳩山に「首相禅譲密約」までして首相に居座った。吉田茂が密約も反故にすると、1954年鳩山一郎は反吉田勢力を結集して日本民主党を結成し(重光葵副総裁・岸信介幹事長)内閣不信任案を提出、再軍備反対に固執しアメリカの信任も失った吉田は轟々たる非難のなか首相続投を断念した。1955年「憲法改正・再軍備・自主外交(中ソ外交)」を掲げ発足した鳩山一郎内閣は、「鳩山ブーム」を背景に総選挙を実施するも絶対多数の獲得には至らず、改憲と再軍備は棚上げして外交に専念する方針を採った。鳩山一郎首相は、民主党と自由党の「保守合同」で政権基盤を固め(55年体制)ソ連フルシチョフ政権との交渉に乗出したが、アメリカが日ソ離間のために仕組んだ「北方領土問題」があるうえ、重光葵外相と外務省は反ソ反共、保守合同で取込んだ外交従米の吉田茂派も対ソ強硬論を主張し与党内の意見調整も難航した。ダレス米国務長官は「日本が千島列島に対するソ連の主権を承認した場合は、アメリカは沖縄に対する完全な主権を行使する」と恫喝したが、1956年鳩山一郎首相は病躯を押してモスクワに乗込み「日ソ共同宣言」を達成(日ソ戦争終結)、帰国の翌日「日ソ国交回復lを花道に勇退を表明した。政治的妥協の結果北方領土問題は先送りされたが、鳩山一郎首相は日本人抑留者(シベリア抑留)の釈放・帰国を引出し、ソ連の拒否権を封じたことで国際連合加盟も果した。鳩山一郎首相・重光葵外相はソ連以外の外交問題にも意欲的に取組み、アジア・アフリカ会議に参加し、中国政府との貿易協定を前進させ、東欧諸国との関係正常化も果している。
-10点 戦前の鳩山一郎は政党政治家の例に漏れず愚かな政権争いに明け暮れた。父の鳩山和夫は、イェール大学で法学博士号を取得し弁護士を開業したが、衆議院議員へ転じて議長まで務め、外務次官・東大教授・早稲田大学校長・東京弁護士会会長もこなした多芸多才の人であった。東大法学部を卒業した鳩山一郎は、父の死に伴い地盤と政友会公認を引継いで1915年衆議院議員に初当選、戦後5年間の公職追放を挟み1959年の逝去まで議席を保持した。鳩山一郎は、陸軍からの持参金で政友会を承継し首相となった田中義一に気に入られ内閣書記官長となり、与党政友会の幹部として犬養毅および斎藤実内閣で文部大臣を務めた。が、鳩山一郎の個人的事跡といえば、犬養毅と共に「統帥権干犯問題」をあげつらい若槻禮次郞・濱口雄幸の民政党内閣を攻撃したこと、文相として滝川幸辰京大教授の罷免を要求したこと(滝川事件)、平沼騏一郎が仕掛けた帝人事件疑獄で文相辞任に追込まれたことくらいで、若槻内閣打倒のためには永田鉄山・東條英機ら陸軍統制派とも手を組んだ。鳩山一郎が持出した「統帥権」は「軍部大臣現役武官制」とともに軍部専横の強力な武器となり、満州事変に始まる軍部暴走の呼び水となった。1936年政友会総裁の鈴木喜三郎が衆議院選挙に落選する失態を演じ、義弟の鳩山一郎は宮中工作により鈴木の貴族院議員勅撰を獲得し政友会総裁に居座らせたが党内で顰蹙を買った。政友会は醜い内部抗争に明け暮れ1940年大政翼賛会の発足により消滅、反軍部へ傾いた鳩山一郎は「翼賛選挙」の推薦を得られなかったが何とか議席を保持し、東條英機内閣を批判するも倒閣を断念し軽井沢に隠遁した。

史実

1883年 弁護士で衆議院議長・東京専門学校校長も務めた鳩山和夫の嫡子鳩山一郎が東京にて出生

1889年 大日本帝国憲法発布

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1890年 第一回衆議院総選挙

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1890年 第一回帝国議会開催

1890年 鳩山和夫(鳩山一郎の父)が東京専門学校(後の早稲田大学)校長就任

1894年 鳩山和夫(鳩山一郎の父)が衆議院議員に初当選(~1911)

1894年 日清戦争勃発

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1895年 下関条約で日清戦争終結、朝鮮(李朝)が初めて中国から独立しソウルに独立門建立

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1895年 三国干渉~露仏独が日本に遼東半島返還を要求

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1896年 鳩山和夫(鳩山一郎の父)が衆議院議長就任

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交遊録

河野一郎 盟友
大野伴睦 盟友
三木武吉 盟友
重光葵 対ソ強硬派の閣僚
石橋湛山 後は頼む
岸信介 後は頼む
吉田茂 宿命のライバル
緒方竹虎 保守合同相手
野村吉三郎 信頼する閣僚
松本俊一 日ソ交渉全権
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