著名自分史「松方正義」

オリジナル

松方 正義

まつかた まさよし

松方 正義

1835年~1924年

70

薩摩人ながら志士歴が無く伊藤博文の引立てで参議兼大蔵卿に就き「松方財政」でインフレ退治に成功、反動デフレに見舞われたが首相・元老・公爵に栄達し19人の子女と89歳の長寿に恵まれた「財政の第一人者」

寸評

基礎点 70点 松方正義は、薩摩人ながら志士歴が無く伊藤博文の引立てで参議兼大蔵卿に就き「松方財政」でインフレ退治に成功、反動デフレに見舞われたが首相・元老・公爵に栄達し19人の子女と89歳の長寿に恵まれた「財政の第一人者」である。深刻な反動デフレをもたらした松方財政の評価は分かれるところだが、西南戦争の戦費負担で破綻に瀕した状況下では目先のインフレ収束と安定的な金融制度の確立が急務であり、迅速果断に成果を挙げた松方正義の政治手腕は見事で、薩長首脳に代わり得る人材はいなかった。無能な大隈重信大蔵卿に断固反対した官僚としての心意気も評価に値する。松方財政の他に大した業績は無く薩摩閥における存在感も薄いが大過無く分相応の役割を果し、公私を峻別して収賄を慎み暮らしぶりも至って真面目であった。

史実

1835年 薩摩藩の下級藩士松方正恭の四男松方正義が鹿児島城下にて出生

1840年 アヘン戦争(~1842)

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1846年 フランスが琉球の開国を要求

1849年 お由羅騒動

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1850年 薩摩藩の西郷隆盛・大久保利通らが若手藩士グループを結成(精忠組に発展)

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1850年 松方正義が禄米4石の卑職で薩摩藩に出仕

1851年 島津斉彬が老中阿部正弘を後ろ盾に父の島津斉興を引退させ11代薩摩藩主に就任、富国強兵・殖産興業を掲げ集成館事業など藩政改革に着手

1852年 松方正義が精勤を認められ大番頭座書役に昇進

1853年 [ペリー来航]マシュー・ペリー艦隊が浦賀に来航、フィルモア米大統領の親書交付

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1853年 徳川家定が13代将軍就任、将軍継嗣問題が勃発

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交遊録

島津久光 抜擢してくれた主君
島津忠義 薩摩藩主を継いだ久光長子
桂久武 良き上司
奈良原繁 悪友
西郷隆盛 薩摩のリーダー
大久保利通 出世の恩人
小松帯刀 薩摩執政
西郷従道 隆盛弟・薩摩閥元老
大山巌 隆盛従弟・薩摩閥元老
黒田清隆 薩摩閥元老
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