著名自分史「島津斉彬」

オリジナル

島津 斉彬

しまづ なりあきら

島津 斉彬

1809年~1858年

80

雄藩薩摩藩の礎を築き、西郷隆盛や大久保利通を登用、雄藩連合による公武合体運動に乗出した四賢候筆頭の名君

寸評

基礎点 90点 島津斉彬は、薩摩藩を率いて中央政局に乗出し、雄藩連合による公武合体運動を推進した。藩主在任期間は短かったが、西郷隆盛や大久保利通ら偉材を世に出し、遺志を継いだ弟の島津久光が公武合体、転じて討幕を成遂げた。また、集成館事業など西洋文明導入による富国強兵・殖産興業の先覚者であり、幕府や諸藩、維新政府にも多大な影響を与えた。
-10点 将軍継嗣問題で大老井伊直弼に敗れ、寿命が尽きて維新の動乱に参加できず、幕末随一の英明と覇気を誇りながら島津斉彬個人としては大きな政治的成果を挙げられなかった。

史実

1809年 10代薩摩藩主島津斉興の嫡子島津斉彬が江戸薩摩藩邸で出生(島津久光は8歳下の庶弟)

1825年 異国船打払令

1828年 薩摩藩が財政破綻に瀕しお手上げ状態となった島津重豪が調所広郷を藩政改革主任に登用

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1829年 徳川斉脩の急死に伴い弟の徳川斉昭が9代水戸藩主に就任、水戸学に基づき尊皇攘夷運動を牽引

1830年 鍋島斉直の隠居に伴い鍋島直正が10代佐賀藩主に就任、佐賀藩の藩政改革と近代化が始まる

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1830年 島津重豪が調所広郷に財政再建を厳命

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1833年 島津重豪が江戸高輪邸にて死去(享年89)

1837年 水戸藩主徳川斉昭と水戸学派が実権を掌握し藩校弘道館を開設し藩政改革を始動

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1838年 松平斉善の急逝に伴い松平春嶽が末期養子となり16代福井藩主に就任、中根雪江ら改革派が藩政改革を始動

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1840年 アヘン戦争(~1842)

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交遊録

島津重豪 敬愛した曽祖父
島津斉宣 重豪嫡子
島津斉興 敵対した父・斉宣嫡子
島津久光 本当は仲が良い異母弟
島津忠義 薩摩藩主を継いだ久光長子
篤姫 将軍徳川家定に入輿させた従妹
黒田長溥 重豪実子で年下の大叔父・窮地を救ってくれた福岡藩主
調所広郷 気の毒な政敵
西郷隆盛 抜擢した寵臣
大久保利通 期待の若手
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