著名自分史「調所広郷」

オリジナル

調所 広郷

ずしょ ひろさと

調所 広郷

1776年~1849年

70

経済破綻状態にあった薩摩の藩政改革に成功し、雄藩として活躍するための経済的基盤を築いた悲運の能吏

寸評

基礎点 80点 調所広郷は、大浪費家の島津重豪の尻拭いを立派に果したうえ、重商主義改革により薩摩を幕末屈指の富裕藩に押上げた。業績は薩摩藩内の裏方の枠を出ないが、経済基盤なくして幕末薩摩藩の勇躍はなく、調所の貢献は実に大きい。また、島津重豪の無茶な命令を忠実にこなし、後継藩主の島津斉興を守るため潔く死を選んだ態度は武士の鑑といえよう。
-10点 島津重豪に無茶な厳命を押付けられ、成遂げたと思ったら密貿易事件で切腹、遺族も斉彬派の目の敵にされ悲惨な目に遭わされた。無念この上ない人生だったろう。

史実

1776年 薩摩藩の下級藩士川崎主右衛門基明(兼高)の子として調所広郷が鹿児島にて出生

1787年 島津重豪が家督を嫡子の島津斉宣に譲って隠居、斉宣が9代薩摩藩主となる

1788年 下級藩士調所清悦の養子となり調所広郷を名乗る

1798年 調所広郷が江戸薩摩藩邸に出仕

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1798年 調所清悦の死に伴い養嗣子の調所広郷が家督を相続

1809年 近思録崩れ事件、島津重豪が緊縮財政への転換を図る子の島津斉宣を隠居させ孫の島津斉興を10代薩摩藩主に据える

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1824年 調所広郷が側用人格に就任

1825年 異国船打払令

1828年 調所広郷が藩政改革主任に抜擢される

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1830年 島津重豪が調所広郷に財政再建を厳命

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交遊録

島津重豪 無茶な主君
島津斉宣 気の毒な重豪嫡子
島津斉興 斉宣嫡子
島津斉彬 対立した斉興嫡子
島津久光 斉興庶子
島津忠義 薩摩藩主を継いだ久光長子
徳川家斉 重豪娘婿の11代将軍
阿部正弘 斉彬盟友