著名自分史「前田慶次郎(利益)」

オリジナル

前田 慶次郎(利益)

まえだ けいじろう(とします)

前田 慶次郎(利益)

1533年~1605年

50

前田利家の義甥で武勇絶倫の教養人ながら高禄を捨てて出奔し京都で一流文化人と交流、前田家が徳川家康に屈服するなか老骨に鞭打って上杉景勝に従軍し意気地を示した「天下一の傾奇者」

寸評

基礎点 50点 前田慶次郎利益は、前田利家の義甥で武勇絶倫の教養人ながら高禄を捨てて出奔し京都で一流文化人と交流、前田家が徳川家康に屈服するなか上杉景勝に従軍し意気地を示した「天下一の傾奇者」である。前田家に留まった一子正虎は嗣子無く没し子孫は断絶した。実は前田慶次郎の武勇伝は乏しく奇行談の多くも伝説だが、新井白石は『藩翰譜』で「世にかくれなき勇士」と評し今日も小説や漫画で大人気である。『戦国風流武士』や『花の慶次』では壮年の快男児だが、実際の前田慶次郎は前田利家より5歳ほど年長で前田家出奔は57歳頃とされる。織田家の被官で尾張荒子城主の前田利久(利家の兄)には男児が無く後妻が産んだ前田慶次郎を後嗣としたが、実父は別人で滝川一益の一族(儀太夫か)とされる。13歳で織田信長に出仕した前田利家は、拾阿弥斬殺事件で3年干されるも桶狭間・森部合戦の武功で帰参を赦され、慶次郎が36歳のとき信長は病弱(武者道御無沙汰)を理由に利久を強制的に隠居させ寵愛する利家に前田家と所領4千石を継がせた。前田慶次郎は養父の利久と共に荒子城を退去し10余年の浪人生活を送ったが、1581年柴田勝家の旗下で能登23万石の大名に出世した前田利家に5千石で召出され(利久には2千石)富山の役(末森城の後巻)や小田原征伐に従軍、利久の死に伴い嫡子の正虎が2千石を相続した。が、奇行を繰返す前田慶次郎は遂に利家と衝突し出奔(改心を装って利家を茶の湯に招き水風呂に叩き込んで逃走したとも)、「穀蔵院飄戸斎(ひょっとさい)」なるふざけた名乗りで里村紹巴・九条稙通・古田織部・細川藤孝らと交流し、諸大名饗応の座で「猿真似の猿舞」を演じ豊臣秀吉をおちょくったという伝説を残した。秀吉・利家が相次いで病死し徳川家康が天下獲りに乗り出すと、前田利長(利家の後嗣)は加賀征伐の脅迫に屈服したが、前田慶次郎は石田三成陣営で家康打倒を図る上杉景勝・直江兼続に1千石で出仕し会津征伐軍が退いた後の最上義光攻め(慶長出羽合戦・長谷堂城の戦い)で「だいぶへんもの(大武辺者)」の旗指物を翻し奮闘、敗戦後も上杉家に留まり米沢近郊で古典研究や和歌・連歌に遊ぶ隠棲生活を過ごした。

史実

1533年 尾張荒子城主前田利昌の嫡子前田利久(前田利家の兄)の後妻に前田慶次郎利益が出生(胤は前夫の滝川儀太夫とされる)

1534年 尾張那古野城主の織田信秀の嫡子に織田信長が出生

詳細を見る

1536年 [花倉の乱]駿河・遠江守護今川氏輝(氏親嫡子)が後嗣無く死去、氏親次男彦五郎も同時に死亡し(謀殺説あり)、同母弟の今川義元が母寿桂尼と謀臣太原雪斎の後押しで家督相続、異母兄の玄広恵探を推す福島越前守ら国人衆が遠江各地で挙兵するが、北条氏綱の援軍で優勢となった義元方が花倉城を落とし恵探を自害させる

詳細を見る

1536年 [天文法華の乱]延暦寺の僧兵約6万人が京都に押し寄せ日蓮宗寺院二十一本山を焼払い門徒を虐殺

1537年 [甲駿同盟・駿相同盟破綻)駿河・遠江守護今川義元が抗争状態にあった甲斐守護武田信虎の娘定恵院を正室に迎え甲駿同盟成立、怒った北条氏綱は今川氏親・北条早雲以来の駿相同盟を解消して東駿河に攻め込み河東地域を奪取

詳細を見る

1537年 豊臣秀吉が尾張国中村の下層民(焙烙売り・賤民とも)の家に出生(父は織田家の足軽から帰農した木下弥右衛門とも伝わるが不詳、母なかは徳川家康の人質に出した大政所、弟秀長は優秀な副将、姉日秀の子は豊臣秀次、妹あさひは徳川家康に入輿)、20歳前後で織田信長に仕えるまでの事跡は不明(家出して悲惨な放浪生活を送り、武家奉公の最初は今川家臣松下之綱だったとされる)

詳細を見る

1538年 [第一次国府台合戦]鎌倉から武蔵江戸城まで制圧した北条氏綱に対し、小弓公方足利義明が里見義堯・真里谷信応を誘って下総国府台城で挙兵、家柄と武勇を過信し江戸川渡河中の攻撃策を捨てた義明が嫡子義純・弟基頼もろとも討死、戦線離脱し兵力を温存した安房里見氏が漁夫の利を得て久留里城・大多喜城を落とし房総半島の大半を掌握

詳細を見る

1538年 尾張海東郡荒子城主(2千貫≒4千石)前田利昌の四男に前田利家が出生

1540年 尾張の領袖織田信秀が三河侵攻を開始、松平氏など三河国人衆を挟んで今川義元と対峙

1541年 武田晴信(信玄)が重臣の板垣信方・甘利虎泰・飯富虎昌と組み今川義元の協力を得て父武田信虎を駿河へ追放し家督と甲斐守護職を簒奪、領民は暴虐な信虎の追放を歓迎

詳細を見る
もっと見る

交遊録

前田利昌 尾張海東郡荒子城主
前田利久 利昌嫡子・養父
前田正虎 嫡子・加賀に留まり利家に仕えたが無嗣断絶
前田新九郎 ドラマの創作
前田佐乃 ドラマの創作
戸田方勝 娘婿
前田安勝 利昌三男・舅
滝川儀太夫 実父か
滝川一益 織田軍団長の滝川当主
前田利家 信長寵臣・前田家を継いだ利昌四男
もっと見る