著名自分史「上泉信綱(伊勢守)」

オリジナル

上泉 信綱(伊勢守)

かみいずみ のぶつな(いせのかみ)

上泉 信綱(伊勢守)

1508年~1577年

90

愛洲移香斎久忠の陰流に東国兵法を加味して新陰流を興し袋竹刀(しない)も導入して「剣術諸流の原始」と謳われた「剣聖」、愛弟子の柳生石舟斎宗厳が徳川家康に見出され将軍家お家流に抜擢された新陰流は隆盛を極める

寸評

基礎点 90点 上泉伊勢守信綱は、愛洲移香斎久忠の陰流に東国兵法を加味して新陰流を興し袋竹刀(しない)も導入して「剣術諸流の原始」と謳われた「剣聖」、愛弟子の柳生石舟斎宗厳が徳川家康に見出され将軍家お家流に抜擢された新陰流は隆盛を極めた。上野大胡氏一門で上泉城主の上泉義綱の嫡子で祖父から続く上泉道場の4代目、東国七流・神道流を修め塚原卜伝にも学んだが伊勢より来訪した愛洲移香斎の陰流に惚れ込み「陰流ありてその他は計るに勝へず」と断言、2年の猛稽古の末に「見事、もはや教えることは何も無い」と告げられた上泉信綱は兵法の合理的分析と系統立てを行い1533年新陰流を創始した。1546年主君の関東管領山内上杉憲政が河越夜戦で北条氏康に惨敗し越後の上杉謙信へ亡命、北条軍に大胡城を攻撃され武田信玄も上野侵攻を始めるなか、箕輪城主長野業正に属し武功を重ねた上泉信綱は「上野国一本槍」と賞賛され近隣諸国に新陰流兵法の名を馳せた。が、猛将業正の病死に乗じた信玄の猛攻により1566年箕輪城を落とされ長野氏は滅亡、上泉信綱は玉砕を覚悟するが武威を惜しむ信玄に救済され、一旦仕官するも新陰流普及を発願し他家に仕官しないことを条件に許され疋田景兼・神後伊豆守宗治を伴い武田家を出奔した。諸国の剣豪を巡訪した上泉信綱は、伊勢国司北畠具教(塚原卜伝の秘剣「一つの太刀」継承者)を「これぞ達人」と唸らせ、奈良柳生の庄に滞在し領主で中条流剣士の柳生宗厳に奥義を伝授、奈良興福寺の宝蔵院胤栄・肥後相良家臣の丸目蔵人長恵にも印可を授け上洛して将軍足利義輝(「一つの太刀」継承者)・正親町天皇に妙技を披露した。晩年忽然と足跡を消すが上方で数年を過ごしたのち上野へ戻り69歳で没したといわれ、嫡孫の上泉泰綱は上杉景勝・直江兼続に拾われ子孫は米沢藩士として存続した。柳生但馬守宗矩(宗厳の五男)が江戸柳生・柳生兵庫守利厳(同嫡孫)が尾張柳生を興すと新陰流祖の上泉信綱は「稀世の剣聖」と崇められた。正統を継いだ柳生新陰流のほか門下から疋田流・神後流・タイ捨流(丸目蔵人)・神影流(奥山休賀斎公重。徳川家康の剣術の師)・穴沢流(穴沢浄賢)・宝蔵院流槍術が興っている。

史実

1508年 関東管領山内上杉氏の家臣で上野大胡氏一門・桂萱郷上泉城主の上泉義綱の次男に上泉信綱が出生(間もなく長男の主水佐が夭逝し跡取りとなる)

1509年 [如意ヶ嶽の戦い・岡山城の戦い]近江甲賀で体制を立直した細川澄元・三好之長が京都奪還を目指して粟田口に侵入するが大内義興・細川高国の大軍に迎撃され本拠の阿波へ逃亡、義興・高国軍は近江岡山城に逃れた前将軍を追撃するが六角高頼に敗れ京都へ撤退

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1510年 [長森原の戦い]長尾為景に弟の上杉房能(越後守護)を殺された関東管領上杉顕定(房能の実兄)が大軍を率いて越後に来襲、為景は傀儡守護の上杉定実を伴い佐渡へ逃れるが佐渡国人や信濃の高梨政盛を加えて猛攻を掛け顕定を討取る快勝を収め定実に妹を娶わせ越後国人の反抗を抑圧、顕定に従った上野の高津長尾定明が戦死し嫡子の長尾顕景が家督相続

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1511年 [船岡山合戦]前将軍足利義澄を擁する細川澄元・政賢と三好之長ら阿波勢が京都を奪還するが、近江の六角高頼が寝返り義澄が病死、洛北船岡山に陣取って大内義興・細川高国に決戦を挑むが総大将政賢まで討取られ壊滅、澄元・之長は本拠地の阿波へ逃れ抵抗を続ける

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1512年 尼子経久が山名氏領に侵攻し備後を支配圏に収める

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1515年 尼子経久が大内氏領に侵攻し石見西半を支配権に収め安芸にも勢力拡大

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1516年 北条早雲が反旗を掲げた三浦義同征伐、扇谷上杉朝興の救援軍を撃退し、新井城の兵糧攻めで勝利、義同以下の相模三浦一族を滅ぼし相模全域を平定

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1516年 [西の桶狭間・有田中井手の戦い]安芸吉田の国人(小領主)で郡山城主の毛利興元が急死し幼少の幸松丸が家督相続、安芸守護の武田元繁が「室町将軍の上意」を口実に毛利氏・吉川氏の領地に侵攻、興元の弟毛利元就が寡兵で撃退し武田元繁は討死

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1516年 大内義興が室町幕府から日明貿易の恒久的管掌権限を獲得、横槍を入れた細川高国と不仲になり寧波の乱へ発展

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1518年 尼子経久に領国を荒らされた大内義興軍が10年に及んだ京都滞在を終えて山口へ帰国、後ろ楯を失った将軍足利義稙・細川高国の政権基盤が揺らぎ、阿波で抵抗を続ける細川澄元・三好之長の陣営が盛り返す

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交遊録

上泉時秀 上野上泉城主
上泉秀継 父・時秀嫡子
上泉秀胤 嫡子
上泉泰綱 上杉景勝に仕えた秀胤嫡子
愛洲移香斎久忠 陰流創始者
愛洲小七郎宗通 猿飛陰流を興した久忠嫡子
疋田景兼 上泉伊勢守門人で疋田流の祖
神後伊豆守宗治 上泉伊勢守門人で神後流の祖
丸目蔵人長恵 上泉伊勢守門人でタイ捨流の祖
奥山休賀斎公重 上泉伊勢守門人で神影流(真新陰流)の祖・徳川家康の師
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