著名自分史「島津重豪」

オリジナル

島津 重豪

しまづ しげひで

島津 重豪

1745年~1833年

50

「蘭癖」と豪奢で藩財政を破綻させたが曾孫の島津斉彬を薫陶し雄藩薩摩への道を開いた破天荒大名

寸評

基礎点 70点 島津重豪は、「蘭癖」と陰口されるほど西欧文明の導入に熱心に取組んで薩摩藩近代化の礎を築き、娘を将軍徳川家斉に縁付けるなど幕府政治への足掛りを構築、遺志を継いだ曾孫の島津斉彬・久光が明治維新を成遂げた。
-20点 島津重豪の贅沢な暮らしと度を越した散財で藩財政は破綻、平時の政治家としては暗君の部類に入るだろう。財政再建を志した息子の島津斉宣とその官僚を粛清し、調所広郷に無茶な「厳命」を押付けた身勝手さも頂けない。ただ、この時期諸藩はどこも困窮しており、薩摩藩ほどではないが長州藩・佐賀藩など後の雄藩も破綻に瀕していた事実を考えると、酌量の余地はあるだろう。

史実

1745年 7代薩摩藩主島津重年の嫡子に島津重豪が出生

1755年 島津重豪が8代薩摩藩主となる

1763年 島津重豪が親政開始、藩政改革に着手

1771年 島津重豪が藩校造士館を設立

1771年 島津重豪が武芸稽古場演武館を設立

1773年 島津重豪が明時館(天文館)を設立し暦学や天文学の研究を行う

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1774年 島津重豪が医学館を設立

1787年 島津重豪が家督を嫡子の島津斉宣に譲って隠居、斉宣が9代薩摩藩主となる

1809年 近思録崩れ事件、島津重豪が緊縮財政への転換を図る子の島津斉宣を隠居させ孫の島津斉興を10代薩摩藩主に据える

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1825年 異国船打払令

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交遊録

徳川家斉 11代将軍、娘婿にして豪奢仲間
島津斉宣 薩摩藩主を強制隠居させた嫡子
島津斉興 薩摩藩主を継がせた斉宣嫡子
島津斉彬 期待を寄せた斉興嫡子
島津久光 斉興庶子
調所広郷 財政再建を託した能吏